新ブログの更新状況

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

夜桜だよ

鹿児島大学工学部門の夜桜です。

スポンサーサイト

ことばの会話、からだの会話

先日の飲み会でのことです。

居酒屋には、何人かの子供達が来ていたんですが、子供達の様子を注意深く観察していると、大人達の子供の扱い方に違いがあることに気がつきました。 子供が好きで、積極的に遊んであげる人。 子供達が遊んでいるのを、優しく見守っている人。 子供達が心配で、せわしなく世話をしている人。 子供には興味がなく、あまり関わろうとしない人。 そして、子供達も、そうした違いを感じ取って、うまく相手を選んで遊んでいるようでした。

子供に人気があったのは、写真の彼と、カメラを持った私。どちらも独身です。 彼は、子供達にもみくちゃにされながらも、体を張って相手をしています。 私は、子供達の好きなように、カメラを触らせてあげます。 自分自身をおもちゃと化した彼と、カメラというおもちゃを持った私。 もしかしたら、子供達に遊ばれただけなのかもしれませんが、彼も私も、そういう状況を結構楽しんでいたので、これはこれで良かったんじゃないかな、なんて思っています。

子供達の親達はというと、そんな様子を眺めつつ、結構放ったらかしにしています。 普段から、遊んだり叱ったりと密接に関わっているので、こういう時ぐらいはお互い羽を伸ばそうじゃないか、といった感じです。 約一名、自分の子供のことが心配で、なんだかんだとあれこれ動き回ってる人がいましたが、これもまた、親の一面なんでしょうね。 自分の子供を連れてきていない親は、案外他人の子供には素っ気ないような、そんな感じもしました。

子供にあまり興味がなさそうな人でも、近くに子供が来れば、相手をしてあげないとマズイと思うのか、何かしら話しかけようとします。 でも、子供達は、急によそよそしくなって、身を固くしてボソボソとそれに答えます。 さっき、あんなにはしゃいでいたのに、まるで別人のようです。 そして、しばらくすると、退屈してきたのか、ぷいとどこかへ行ってしまいます。 大人達は、安心したかのように、また大人の会話を始めます。

私も、カメラで遊ばせているぶんには良かったんですが、何か話そうとすると、途端に気まずい空気に変わってしまいました。 そのうち、無理に話しかけずに、ミーちゃんと遊ぶ時のように、なるべく身振り手振りで相手をするようにしました。 すると、子供達は、割と素直にそれに反応してくれるんですよ。 手紙を持った子に、内容を聞いても教えてくれませんでしたが、黙ったまま封筒に描かれたハートを指差すと、それを声に出して数えてくれました。 ああ、なるほど。そういうことか。

どういうわけか、ひとりの女の子が私を気に入ってくれたようで、何度か私の背中に乗っかってきました。 最初は、どうして良いのかわからずに、母親に助けを求めましたが、次からは、そのまま体を揺らしたり、足先を握ったりしながら、その子が飽きるまでそのままにしておきました。 人として、というより動物として、これが最も基本的なコミュニケーションの方法なんだろうな、きっと。 握手した時の手の温もりというのは、忘れないものですしね。

言葉に頼らない会話というのも、大切なんだなぁと思いましたよ。

エイプリルフール

心地良い、倒錯の世界。

影絵遊び

裏に生えていた雑草を、引っこ抜いてきました。

白いフエルトを張って、ライトを当てて、影絵遊びです。

いろんな形が、浮かび上がってきます。

幽玄な感じがして、なかなか楽しめます。

遊んだ後は、こうして飾っておきました。

洒落た家とかマンションには、植え込みの中に照明が設置されていて、植物の影が演出に一役買っています。 そういうのを見てしまうと、ついつい写真を撮りたくなってしまうんですが、自分の部屋でもできないかと、ちょっと試してみました。 しわくちゃのフェルト生地を使ったので、しわが目立たないように、わざと焦点をぼかして撮っています。 その結果、なかなか幽玄で幻想的な世界が生まれましたが、これだけだと、ちょっと平板で単調で、ちょっとモヤモヤしたところもありますね。

以前、写真染めを試したときもそうでしたが、やっぱりある程度のメリハリはあったほうがいいみたいですね。 あと、真っ白よりも、ちょっとは色がないと、どうももの足りませんね。 演出用の照明の多くが電球というのも、なんだかうなずけます。 この辺りは、これからいろいろ調整していきたいと思います。 はっと息を飲むような、綺麗な影絵ができたらいいなぁ。

それと、こんな適当な雑草でも、こうして飾っておくだけで、殺風景な部屋が、急に明るくなりますね。 ただ、このまま放っておいたら、猛烈な勢いで萎びてきたので、慌ててコップに水を入れて差し替えました。 これで、少しは元気になってくれるかな? こうしたちょっとしたことで、ちょっとした変化を楽しめるなら、ちょっと頑張ってみようかな、なんてことを思いましたよ。

影絵遊び その2

続きを読む

影絵遊び その3

影絵遊び3回目は、下から照明を当てて、天井に影を作ってみました。 まあ、良く見かける植物の影なわけですが、自分の部屋の天井に、こうして大きく現れると、ちょっと不思議な感じがします。 それにしても、こうして影絵遊びをしていると、それなりに楽しいし、綺麗ではあるんですが、どこか満たされないものが残るんですよね。 ちょっと地味過ぎる? 植物の影が植物の形をしているのは当たり前なんですが、当たり前過ぎて、ちょっと変化が足りないような気がします。

写真ヒルズ:お題「写真でメモれ!」

写真ヒルズお題「写真でメモれ!」で、「ひみつ集会のおしらせ」が掲載されました。

1月の治験の時に見つけたものです。 漫画に出てくるメモを、忠実に再現したメモを、携帯カメラでメモしてみました。 このメモ、あまりにそっくりに書いてあるので、てっきり透かして上からなぞったのかと思ったんですが、微妙に縮尺が大きくなっているので、ちゃんとお手本を見ながら書いたようです。 いかに治験中ヒマかというのが良くわかりますね。

来週のお題は「100円以下で買ったもの」。う~ん、難しいなぁ。

比喩と認知

比喩と認知」を、やっと読み終わりました。

「人の認知には、比喩の働きが大きいんだよ」ということを、メタファー(隠喩・暗喩)、イディオム(慣用句)、メトニミー(換喩・転喩)、アイロニー(皮肉・反語法)といった比喩を題材にして、頑張って主張しています。 ただ、内容としては学術よりで、認知科学の中で多数派を占める生成論者(言語はその言語機能に特化されたものである)に対する、少数派である認知論者(言語機能と他の認知機能は密接に関わっている)からの反論という姿勢で書かれているため、特にこれといった派閥に属していない一般読者にとっては、ちょっと読みにくいものになっていました。

500ページ近い本ですが、そのほとんどは、相手の言葉尻をつかんでのネチネチとした反論です。 著者は、詩の世界に対して特別な思い入れがあるのか、豊富な詩の実例が出てくるんですが、難解な作品が多い上に、その訳文があまり出来の良いものではなかったので、イマイチ参考になりませんでした。 見ようによっては、自分の愛する美しい詩の世界を擁護するために、頭の固い認知学者達に猛然と立ち向かっているかのようです。 原題を見ると「The Poetics of Mind」つまり「心の詩学」だったんですね。 読み終わってから気がつきましたが、なるほど、その通りの本でした。

それはともかく、優れた詩というのは、まるで乾いた喉を潤すかのように、すっと心の中に入ってきます。 でも、そこに書かれた言葉が、そのまま入り込んでくるわけじゃなくて、ちょうど水面に波紋が広がるように、心の中の様々なものに刺激を与え、それがさらに別のものに刺激を与えて、どんどん刺激の輪を広げていきます。 時には、ケンシロウの北斗神拳のように、ほんのわずかな言葉が、爆発的な効果を発揮することもあります。 詩というのは、言葉という指先を使って、心の秘孔を突いているわけですね。

何かを正確に伝えようとする場合、二通りの方法があります。 ひとつは、簡単なたとえ話で、比喩的に説明する方法。 もうひとつは、厳密な言葉遣いで、論理的に説明する方法です。 前者の場合は、直感的に素早く理解することができますが、後者の固い文章は、読み解くのに苦労します。 ただ、前者は、大まかな輪郭を伝えるのには適していますが、細部に関しては誤解を招く恐れがあります。 後者は、細部を正確に伝えるのには適していますが、全体像を把握しづらいことがあります。 たとえ話ばかりでは、何について話しているのかわかりにくくなるし、理屈っぽい話ばかりだと、なかなか実感が湧いてきません。 結局は、両者共に適所適材の使い分けが大事なんですよね。

私はどちらかというと固く考え過ぎるので、柔らかい発想の大切さを痛感しましたよ。

写真

市立図書館で、iPhoneにて撮影。
画質としてはイマイチだけど、写真としてはバッチリ。
写真なんて、そんなもんだよね。

影絵遊び その4

今回は、本体と影のコラボレーションです。

最近、ここのページを読んで、感銘を受けました。 私が、これまで写真を撮ってきた中で、ずっと感じていたことを、ズバリと書いてあったからです。 写真を撮る時、目の前にあるものを的確に捉えようという気持ちは働きますが、写真を通して自分を表現しようという気は全く起こりません。 自己表現の手段としての写真を否定するつもりはありませんが、少なくとも私の場合は、結果として自分を表現することになったとしても、それを意識して撮ることはありません。

これは、私が強く影響を受けた赤瀬川原平や土門拳の影響もあるのかもしれません。 逆に、私がそういう人だから、そういう人達に共感したのかもしれません。 いずれにせよ、撮影の最中は、自分の世界というよりも、無私の世界に入り込んでいます。 この影絵遊びシリーズでも、なんとなく部屋に植物を飾ってみたいという単純な動機から始まって、そのまま何となく撮り続けているだけです。 それでも、撮っている時は、やっぱり楽しいし、夢中になってしまいます。

認知科学に、アフォーダンスという概念があります。 無機物が有機物に働きかける可能性、という意味なんですが、相手が無機物であれ有機物であれ、人はどんなものに対しても、あれこれと勝手な解釈をして、その影響を受けるものです。 棒があれば、それを振り回してみたり、突き刺してみたり、折ってみたり。 写真を撮るということは、被写体の持つ無限のアフォーダンスを引き出すことなのかもしれませんね。

花見日和

今日は曇りだったけど、なかなかの花見日和でしたよ。

人恋しい季節

今日は、DA 55-300mmをつけて、あちこち散歩してきました。

ちょうど、休日と新歓期と花見が重なって、どこもたくさんの人達で賑わっていました。 このところ、ずっと夜型生活が続いていたので、こうした昼間の賑やかな雰囲気は、とても明るく楽しげに感じられました。 せっかくの望遠レンズなので、ちょっと離れた位置から人を入れて撮ってみたんですが、途端に写真がぐぐぐっと動き出しますね。 いろんな人を見ていると、いろんな物語が浮かんできます。

あなたは、どんな物語を思い浮かべましたか?

プロフィール

K-Hyodo

K-Hyodo

本名:兵頭 薫
鹿児島の30代男性
ソフトウェア作家を目指す

コメント・拍手は大歓迎!

K-Hyodo's Soft

どのソフトも、
Mac & Windows 両対応!

iKeyboard 3

本気で覚えるための、
キーボード練習ソフト。

ベクターソフトレビュー


PhotoMaster 2

撮影を楽しむための、
デジカメ写真管理ソフト。

ベクターソフトレビュー

Vector Best Online Soft of 2004


iKeyboard 2

ブログを読み返すための、
バックアップ表示ソフト

窓の杜 今日のお気に入り


マルチプラットフォームの統合開発環境REALbasicで開発しています。

Twitter

 

カレンダー

03 | 2010/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

ブログ内検索

アクセスカウンター

読書メーター

K-Hyodoさんの読書メーター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。