撮影という行為からの脱却
2008/05/14 17:28 写真話
最近、自分の写真が変わってきているのを感じます。
いや、写真というよりは、ブログの書き方と言った方が良いかもしれませんね。 突き詰めると、興味の持ち方が変わったということでしょうか。 これまでは、なるべく表面をなぞるように撮っていって、気に入ったものだけを繰り返しとるという感じでした。 それが、とにかく目に入るものを片っ端から撮っていって、全体から浮かび上がってくるものを探るようになったんです。
平川動物公園に、空手の試合、そして桜島一周と、どれも800枚以上も撮影しています。 それまでは、撮って200枚、無理しても300枚が限度でした。 例外として、アメフラシやバイクの撮影がありましたが、これが発展して、今の撮影スタイルに繋がっているように思います。 どうやら、特定の被写体を追いかけることの面白さに、ついに目覚めてしまったようです。
といっても、ただ同じ被写体をたくさん撮れば良いものではありません。 まず最初に、その対象に興味を持たなければ話になりません。 興味といっても、被写体としての興味だけじゃなくて、自分との関わり合いの中での興味です。 動物の中に人間性を見たり、逆に人間の中に動物性を見たり。 さらには、自分の中の人間性や動物性に気づいたり。 自然という言葉以上の自然を、現実の自然から感じてみたり。
写真というものを定義するのは簡単ですが、写真なんて定義するもんじゃないんですよね。 誰が何と言おうと、写真は常に写真だし、写真を撮れば撮るほど、写真は写真になっていきます。 半分は、撮影者である自分の意思によって、もう半分は写真自身の意思によって、写真は常に変化していきます。 撮影者やカメラや被写体が、それぞれ主導権を奪い合いながら、ぐるぐると螺旋階段を上っていきます。
α-7 Digitalというデジタル一眼レフを手にして、ドロドロの安レンズ沼から抜け出して、8MBのメモリーカードを手にして、やっと撮影という行為から解放されたような気がします。 今まで以上に写真は撮るけど、もはや撮ることにこだわりはなく、純粋に自分の興味と向かい合えるような、そんな気がしています。 これまで撮影に費やしていたエネルギーを、本来の興味の対象に費やしていきたいですね。
もっともっと、自分の興味の幅を広げていきたいですね。







