撮影という行為からの脱却

最近、自分の写真が変わってきているのを感じます。

いや、写真というよりは、ブログの書き方と言った方が良いかもしれませんね。 突き詰めると、興味の持ち方が変わったということでしょうか。 これまでは、なるべく表面をなぞるように撮っていって、気に入ったものだけを繰り返しとるという感じでした。 それが、とにかく目に入るものを片っ端から撮っていって、全体から浮かび上がってくるものを探るようになったんです。

平川動物公園に、空手の試合、そして桜島一周と、どれも800枚以上も撮影しています。 それまでは、撮って200枚、無理しても300枚が限度でした。 例外として、アメフラシやバイクの撮影がありましたが、これが発展して、今の撮影スタイルに繋がっているように思います。 どうやら、特定の被写体を追いかけることの面白さに、ついに目覚めてしまったようです。

といっても、ただ同じ被写体をたくさん撮れば良いものではありません。 まず最初に、その対象に興味を持たなければ話になりません。 興味といっても、被写体としての興味だけじゃなくて、自分との関わり合いの中での興味です。 動物の中に人間性を見たり、逆に人間の中に動物性を見たり。 さらには、自分の中の人間性や動物性に気づいたり。 自然という言葉以上の自然を、現実の自然から感じてみたり。

写真というものを定義するのは簡単ですが、写真なんて定義するもんじゃないんですよね。 誰が何と言おうと、写真は常に写真だし、写真を撮れば撮るほど、写真は写真になっていきます。 半分は、撮影者である自分の意思によって、もう半分は写真自身の意思によって、写真は常に変化していきます。 撮影者やカメラや被写体が、それぞれ主導権を奪い合いながら、ぐるぐると螺旋階段を上っていきます。

α-7 Digitalというデジタル一眼レフを手にして、ドロドロの安レンズ沼から抜け出して、8MBのメモリーカードを手にして、やっと撮影という行為から解放されたような気がします。 今まで以上に写真は撮るけど、もはや撮ることにこだわりはなく、純粋に自分の興味と向かい合えるような、そんな気がしています。 これまで撮影に費やしていたエネルギーを、本来の興味の対象に費やしていきたいですね。

もっともっと、自分の興味の幅を広げていきたいですね。

桜島を歩こう まとめ

今回の桜島一周ウォーキングは、とても良い経験になりました。

距離的にはたかだか36kmだし、いざとなればバスも走ってるし、フェリーも24時間営業なので、大したことはありません。 でも、桜島という生きた火山の周りを、自分の足でじっくりと歩いたというのは、とても大きな出来事でした。 これまでに、何度もサイクリングに来てはいましたが、自転車で走るのと歩くのとでは、まるで経験が異なりました。

一番強く感じたのは、噴火に対する恐怖です。 過去に一度、車で来た時に、大きな噴火に巻き込まれたことがあります。 大量の火山灰に囲まれて、1m先も見えない状態で、窓を閉め切った車内でも、火山性ガスの影響で頭が痛くなるほどでした。 運良く車に乗っていたから良かったものの、もしこれが歩いている最中だったらと思うと、ゾッとします。

サイクリングなら、せいぜい2時間もあれば一周してしまうので、さほど恐怖は感じません。 でも、ウォーキングだと、普通に歩いても9時間かかるので、それだけ危険は高くなります。 これまで、桜島=溶岩と単純に結びつけられていたものが、桜島=活火山として、その存在を高らかに主張し始めたのです。 対岸の市内から、桜島って雄大でいいよね〜、と呑気に話していたのは、大間違いでした。

桜島は、鹿児島の重要な観光名所ですが、それと同時に、とんでもない爆弾を抱えているわけです。 もちろん、過去の大噴火の話は知っていますし、桜島のあちこちにある案内板で、より詳しく知ることもできます。 でも、観光パンフレットで白黒写真を見ても、なんだか歴史の教科書を見てるみたいで、あんまり実感が湧かないんですよね。 でも、歩きながら灰にまみれ、灰を噛み締め、灰の匂いを嗅げば、今も桜島が活火山であることを痛感します。

ただ、活火山であるという部分だけに恐怖を感じたのかというと、そうではありません。 南側は、薩摩半島と大隅半島を結ぶ橋の役割もあって、交通量が多い割には歩道が狭く、車に対して恐怖を感じました。 東側では、大自然に対する畏怖を感じ、北側では、他所の集落での孤独を感じ、闇夜の恐怖も感じました。 自然に対して、文明に対して、どちらにも同じように恐怖を感じたのが、今回の一番の収穫でした。

自然というのは、ただ利用するためのものでもなければ、賛美するためのものでもありません。 文明にしても、便利になった反面、より危険も増しています。 楽に生きられるようになった一方で、簡単に死ねるようになった時代。 そんな時代の中で、自分の生を生きていくためには、こうした恐怖を感じることも必要なんじゃないかと思います。 肉体的な恐怖、精神的な恐怖、社会的な恐怖。 鈍った生存本能を刺激するには、悪くない方法だと思います。

これを機に、サイクリングだけじゃなく、もっといろんなところを歩いてみたくなりました。

プロフィール

K-Hyodo

K-Hyodo

鹿児島の30代男性
ただし、万年16歳
ソフトウェア作家を目指す

コメント・拍手は大歓迎!

K-Hyodo's Soft

どのソフトも、
Mac & Windows 両対応!

iKeyboard 3

本気で覚えるための、
キーボード練習ソフト。

ベクターソフトレビュー


PhotoMaster 2

撮影を楽しむための、
デジカメ写真管理ソフト。

ベクターソフトレビュー

Vector Best Online Soft of 2004


iKeyboard 2

ブログを読み返すための、
バックアップ表示ソフト

窓の杜 今日のお気に入り

カレンダー

04 | 2008/05 | 06
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

ブログ内検索

アクセスカウンター

ブロとも申請フォーム