新ブログの更新状況

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PhotoMaster 2 評価版3

お待たせしました。PhotoMaster 2の新しい評価版です。

PhotoMaster 2 b3 for Mac (4.6MB)
Mac OS X 10.1以降(ユニバーサルバイナリ)
PhotoMaster 2 b3 for Win (2.5MB)
Windows 98/ME/2000/XP

前回の評価版2からの主な変更点は、以下の通りです。

  • ウインドウのサイズを正しく記憶しない問題を修正
  • 各ファイルの書き込み時にテンポラリファイルを使用するように変更
  • 起動時に、サムネイルリストが繰り返し読み込まれる問題を修正
  • 終了時に、「最後の読み込み」の内容を保存するように変更
  • 終了時に、撮影日リストの「最後の読み込み」「ゴミ箱」の選択が保存されない問題を修正
  • 「最後の読み込み」を表示中に、写真をゴミ箱に移動できない場合がある問題を修正
  • 読み込みの準備中にキャンセルできない問題を修正
  • 種類リストで、複数の項目を選択した時に正しく選択されないことがある問題を修正
  • 複数のイベントで、分類を一括して変更できるように変更
  • ゴミ箱ボタンとスライド終了の表記を変更
  • ヒストグラムのカラーを修正・変更
  • 分割表示「比較」の時に、写真を正しく表示しないことがある問題を修正
  • スライド表示のレイアウトを変更
  • スライド表示で、メニューバーからサムネイルのサイズを変更できない問題を修正
  • スライド表示で、詳細な撮影情報を表示できない問題を修正
  • その他、細かい修正多数

相変わらず地味な変更が多いんですが、今回の目玉は、スライド表示のレイアウトを変更したことです。 ツールバーやヒストグラムのセンタリングをやめて、左右に分けて配置するようにしました。 これによって、通常のウインドウ表示と同一の操作感が得られます。 また、メインの被写体は中心付近に来ることが多いので、大きなヒストグラムパレットが邪魔になりにくくなりました。

今月末には、正式版を公開できればと考えています。お楽しみに!

スポンサーサイト

花の季節、到来!

あちこちで花が咲き出して、いよいよ本格的な春の到来ですね。

この冬は記録的な暖冬だったおかげで、春になってもあまり有り難みが少なかったりしますが、あたりで一斉に花開く様子を見ていると、やっぱり春っていいな、と思います。 土手にはまだ枯れ草が残っていたりしますが、いつの間にか、冬の茶色い景色から、春らしい新緑の景色に変わりつつあります。 世界が美しく見えるのは、決して病み上がりだからというだけではありません。

ブログを始めたおかげで、全く知らなかった花の名前も、たいぶ覚えました。 オオイヌノフグリ、ホトケノザといった基本的な花すら知らなかったんですから、今思うとちょっと恥ずかしいですね。 正確な名前はわからなくても、これはイチゴの花だな、とか、ホトケノザと同じ種類の花だな、というように、花の形による簡単な分類ならできるようになりました。 でも、知らない名前も多くて、左上の花の名前を誰か教えてくれませんか?

A1を使っていた時は、200mmの望遠マクロが使えたので、小さい花でも大きく撮れたんですが、望遠が120mmのR1ではこれが限界です。 でも、画素数を落とせば、スマートズームが使えるので、3Mモードにすれば216mm相当までアップにすることができます。 フィルター径67mmのクローズアップレンズが2,000円程度で売ってるようなので、大好きなオドリコソウが咲く頃までには手に入れたいです。

昔は苦手だった花の撮影も、今ではすっかり好きになりました。 花写真にもいろいろありますが、私はやっぱり自然体が一番ですね。 花マクロの世界も幻想的で綺麗ですが、全体が見渡せる花写真も楽しげです。 特に野草の場合は、いろんな草花がごちゃ混ぜになっているので、そういうのも含めて賑やかに撮ってあげたいなと思います。 逆に、大きめでぽつんと咲く花の場合は、マクロでぐぐっと寄ってみたいですね。

今年の春も、花をたくさん撮るぞ~!

花の色気の秘密

花って、どうして色気があるんでしょうね。

花は植物の生殖器官だから、というのはもっともな理屈ですが、じゃあ人間の生殖器官が色っぽいかというと、男女のいずれも色気とはほど遠い代物です。 もちろん、異性の生殖器官を見ることで、性的な興奮が起きたりすることもありますが、それは花を見て感じる色気とはやっぱり違います。 花の色気は、そういう直接的な刺激じゃなくて、顔の表情だとか、ちょっとした仕種とか、服装のセンスといった、もっと間接的で微妙な刺激なんですよね。

花というのは、受粉に欠かせない虫を呼び寄せるための標識であり、より多くの虫を呼び込むための広告でもあります。 虫は、花の色や形を見分けながら、目的の花へと蜜を求めて飛んでいきます。 人間は、花を見ても、あまりその蜜を吸いたいとは思いませんが、花を見ることで、心が満たされていきます。 口で蜜を吸う代わりに、目で花の美しさを味わっているわけですね。

虫の場合は、特定の色の花に反応するように本能づけられているわけですが、人間の場合は、様々な種類の花々を自由に鑑賞することができます。 つまり、色んな色を、色々と楽しむことができるわけです。 でも、こうした色鮮やかな花々をモノクロで鑑賞すると、途端に色気のない写真になってしまいます。 つまり、色気の秘密は、色気だけにその色が重要な役割を担っているわけです。

モノクロのヌード写真があるように、色だけが色気の要因というわけではありません。 ただ、花に色気を感じる要因としては、色の役割が大きいみたいですね。 私は、昔から彩度の高い写真が苦手で、いつも彩度を低くして撮影しているくらいですが、やっぱり色はあったほうが楽しいですね。 モノクロ写真も面白そうですが、肉眼とは全く別の世界と考えた方が良さそうです。

色気のある花々を眺めながら、ふと、そんなことを考えました。

逃げ遅れた内臓くんの巻

今日は、久々に謎の海洋生物を発見しちゃいました。

磯海水浴場の目玉くん、平山の憂鬱くんに続いて、今回は与次郎の内臓くんですよ。 皆さん、新しいお友達と仲良くしてくださいね。 え、こんな奴と仲良くなんてなれない?そんな人は「綺麗って何だろう?」を読んでみてくださいね。 それでも、「生理的に受け付けないわ」という人は、今のうちにウインドウを閉じた方がいいですよ。 生物みな兄弟という心の広い人だけ、先に進んでくださいませ。

与次郎の堤防沿いを、100円マックを頬張りながら歩いていると、コンクリートの階段の上に何やら得体の知れない物体がぺたっとへばりついていました。 もしかしてタコ?と思いながら近づいてみると、足が一本もありません。 顔の両側にひれがついているので、海底に住む生き物みたいです。 満潮の時にふらりと来てみたものの、干潮になった時に取り残さてしまったようです。

体の表面はまだ湿っていて、キラキラと輝いています。 なかなか個性的な顔立ちをしていて、飛び出た目玉に縦に割れた分厚い唇がチャーミングです。 そして、何よりも目立つのが、お腹(背中?)から透き通って見える内臓です。 たくさんの突起が生えているのがはっきりとわかります。 こんな無防備で大丈夫なの?と、ついつい心配してしまいます。 その後には、尾ひれのようなものも見えます。

真上から見てみると、何だか蝉のようにも見えます。 夢中になって写真を撮っていると、上の方から子供達の声が聞こえてきました。 子供達は、お父さんの「し~!」という声も聞かずに集まってくると、「これタコかな~」「死んでるのかな~」と、興味津々で尋ねてきます。 「まだ生きてるみたいだよ~」と話しながら、気持ち悪がらずに素直にこの生物を受け入れている様子に感心しました。

そうそう、匂いをかいでみると、ほのかに潮の香りがしましたよ。

気の早いおじさん

今日は確かに暖かかったけど、それはちょっとやりすぎ~!

あるクサイチゴの挫折

自分は他人とは違うと、ずっと思っていた。

小さい頃から、周りの人間と馴染むことができなかった。 皆が同じことを同じように楽しんでいるのに、自分だけ同じように楽しめなかった。 何かをして遊ぶにしても、決められた規則を守らなければならない遊びは苦手だった。 ドッチボール?どうして狭い中でボールをぶつけ合わなきゃならないんだ? 自分は、ボールをぶつけるのも、ぶつけられるのもご免だね。 そうして、いつまでもボールから逃げ続けていた。

同じ理由で、将棋も嫌いだった。 なぜ升目が必要なんだ?どうして決められた通りに駒を動かさなくちゃならないんだ? そんな融通の利かない規則が嫌で、自分で独自に新しい規則を考えた。 駒を指で弾いて、相手の駒を将棋盤から弾き飛ばしていって、最初に王将を落とした方が勝ち。 でも、自分はこの新しい遊びが気に入ったのに、誰もその相手をしてくれなかった。

大人になってからも、そういう考え方は変わらなかった。 自分は選ばれた人間なんだと信じていた。 だから、他人と慣れ合うのは嫌だったし、自分を理解できない奴が馬鹿なんだと思っていた。 自分達で自分達の都合のいいように規則を作って、それでお互いに尻を舐め合うなんて、真っ平ご免だね。 いつだって、俺は正しい。 間違ってるのはお前の方だ。 全部お前達が悪いんだ。

そう考えて相手を非難する度に、自分の体にイボができた。 小さな、緑色のイボ。 最初は驚いたが、次第にそれが勲章のように思えてきた。 これは、相手を打ち負かした報酬であり、何よりも自慢できるものだ。 周りの人達は、その偉大さにひれ伏すかのように後ずさりする。 どうだ、恐れ入ったか。あはは、いい気味だ。 でも実際は、皆が気味悪がって近寄らないだけだった。

いつの間にか、緑のイボは赤く変色し、びっしりと体を覆い尽くしていた。 イボは重くのしかかり、その悪影響を無視することはできなくなっていた。 頑固にこびりついたイボは、もはや取り除くには不可能だった。 今まで、どうしてこのことに気がつかなかったんだろう。 絶望のあまり、土気色になった顔が、がっくりとうなだれる。 自分はもう終わりだ。何もかもおしまいだ。

その時、耳元で誰かが囁く声がした。 「諦めるのはまだ早いわ。古い葉は治せなくても、また新しい葉を出せばいいのよ」 「今さら新しい葉っぱなんて無理だよ。もう手遅れさ」 「何言ってるの。あなたは自分の過ちに気づいた。だからここに私がいるんじゃない」 ゆっくりと顔を上げると、そこには明るい色をした新しい葉があった。 「本当に、これが新しい自分なのか…」

過去のイボは、決して消えることはないだろう。 でも、新しい自分に賭けてみようと思う。

最初の出会い

ん、あれは何だろう
自分の道とは、違う場所
あっちの方に、誰かがいるよ
初めて見る、知らない人
でも、どこかで見たような
誰だろう、気になるな
ちょっと、様子を見にいこう

ん、誰かに似てるな
似てるんだけど、誰だろう
遠くからだと、良くわからない
もうちょっとだけ、近寄りたいな
でも、見つかったらどうしよう
恥ずかしいけど、気になるな
もうちょっとだけ、近くにいこう

ん、やっぱり知らない人だ
あれあれ、目が合っちゃった
初めまして、こんにちは
あらやだ、話しかけられちゃった
でも、私も話してみたい
初めまして、こんにちは
いろんなことを、話してみたい

ん、何だか不思議な感じ
初めて会った、気がしない
前から知ってる、人みたい
どうやら相手も、そうみたい
でも、今日が最初の出会い
これからも、よろしくね
いつまでも、よろしくね

内臓くんの正体判明!

内臓くんのその後が気になって、また海に行ってきました。

途中、図書館によって調べてみましたが、内臓くんらしき生物はいませんでした。 ウミウシの仲間だろうとは思うのですが、本に載っているのは色鮮やかなものばかりです。 一応、ヒトデやイソギンチャクの仲間も調べてみたんですが、やっぱり違うようです。 早々に切り上げて海に行ってみると、内臓くんは昨日よりもさらに下の段で、藻屑に覆われていました。 どうやら、すでにお亡くなりになっていたようです。

ということは、昨日は死んでいる姿を写したことになるのか。 何だか悪いことしちゃったな。 そう思いながら、他に手掛かりがないか、堤防沿いを歩いていました。 でも、海面には、藻屑とゴミと鳥や魚の死骸がゴチャゴチャと浮いているばかりです。 堤防が終わりにさしかかった時、何やら動くものを発見しました。 じっと眺めていると、ナメクジのように角を出し、伸びたり縮んだりしながら進んでいます。 やった!これが内臓くんの生きた姿だ!

興奮しながら写真を撮っていると、向こうで若者三人組が釣りを楽しんでいました。 そうだ、釣り人なら何か知ってるかもしれないし、彼らに聞いてみよう。 そう思って近づいてみると、彼らの足元に得体の知れない固まりがうごめいていました。 吃驚して「うわ、これ何?」と聞いてみると、「ウミウシですよ」という答が。 おお、やっぱりウミウシだったんだ。 写真を撮らせてもらうと、何やら白い液体がぴゅっと飛び出ました。 「やっぱ、ウミウシだからね~」 あはは、確かに。

そうしているうちに、二匹目のウミウシが釣れました。 海面を覗き込んでみると、そこにはたくさんのウミウシがいました。 「へ~、ウミウシ釣ってるんだ~」「いや、そういうわけじゃなくて、本当は他の魚が釣れたらいいんですけどね~」 どうやら、釣り人にとってウミウシはありふれた存在のようです。 お礼を言って彼らと別れると、来た道を引き返します。 途中、ウォーキング中のおばちゃんが、「あ、あそこにもいる」と言いながら海面を指差しています。 その先では、ウミウシが気持ち良さそうに泳いでいました。

私は、この地味なウミウシが大好きになりました。

内臓くんの正式名称

ついに、内臓くんの正式名称がわかりましたよ!

実は、ウミウシじゃなくて、アメフラシでした。 それも、ただのアメフラシじゃなくて、アマクサアメフラシです。 ウミウシもアメフラシもどちらも軟体動物の一員なんですが、アメフラシは刺激を与えると紫色の粘液を出します。 で、アマクサアメフラシの場合は、紫色じゃなくて白色の粘液を出します。 今日、若者が釣り上げた時に出した白い液体が、大きなヒントになったわけですね。

アメフラシは15cm前後のものが多いそうなので、30cm級がゴロゴロしている与次郎は、アメフラシのワンダーランドですね。 しかも、白い液を吐くアマクサアメフラシは、ちょっと珍しいようです。 嗅覚が発達していて、頭から生えた触角でもちょっとした匂いを嗅ぐことができるそうです。 元々は貝だったそうで、背中には貝殻の名残があるんだとか。 草食で、雌雄同体、寿命は1~2年ということです。

いつか、生きたアマクサアメフラシのヌード写真を撮ってみたいな~。

不自然な街路樹

先日、少し変わったアコウの木を見つけました。

アコウは、締め殺し木といって、別の木を覆うように生長し、やがて元の木を枯らしてしまいます。 幹が網の目のように絡み合っているのは、芯となる木があったからこそなんですね。 私の好きな多賀山公園鴨池緑地のアコウの木は、どれも元木を覆い尽くして、中までぎっちりと詰まったものばかりです。 ところが、このアコウの木は、早々と元木が枯れ朽ちてしまったようで、中が空洞になって、まるで肋骨のような姿になっていました。

この木は、川沿いの街路樹の一本であって、多賀山公園にあるような保存樹ではありません。 散歩をしている人達も、特にこれといって注目することなく、素通りしていきます。 私は、何か撮るものはないかと目を光らせていたので、わざわざ自転車を止めて、この木の写真を撮りました。 でも、どこかに行くつもりで歩いていたなら、皆と同じように素通りしていたかもしれません。

どれも似たような木が並んでいる中で、この木だけは少し目立っていました。 でも、どれもアコウの木に変わりはありません。 代わり映えのない木々と、少し目立っている木と、人気者の保存樹。 同じアコウの木なのに、こうして違いができるのはどうしてなのでしょうか。 だって、街路樹は街路樹だし、保存樹は保存樹だもん。違うのは当たり前でしょ。 そして、アコウの切り口を見て、あっと気がつきました。

街路樹のアコウは、街路樹であるために、人が通りやすいように枝が切られていたんです。 恐らく、元木も朽ち始めた時点で、見苦しいという理由で早々に引き抜かれてしまったのでしょう。 一方、保存樹のアコウは、保存樹であるが故に、あまり手を加えられないまま、自由に枝を伸ばすことができたのでしょう。 街路樹のアコウ達も、本当は保存樹のように、好きなだけ枝を伸ばしたかったのかもしれません。

それでも、このアコウの木は、たくさんの葉をつけていました。

フェンスの中の緑

フェンスは、無骨で排他的なイメージがあります。

地面に境界線を引いて、外からの侵入を防ぐためのものなので、当然といえば当然な話です。 フェンスの内側には、外からの視線を遮るために、たくさんの木が植えられます。 植物は、そんな事など意に介さずに、どんどん枝葉を広げていきます。 すると、排他的なフェンスと開放的な植物という、不思議な組み合わせができあがります。 見方によっては、助けを求める捕虜のようにも見えます。

ここは大学の果樹園にあるフェンスなんですが、夕方になると、後から夕日に照らされて、葉がキラキラと輝きます。 そうして光る葉に、別の葉の影が浮かび上がったりして、まさに私好みの被写体となります。 でも、葉を撮ろうとすると、どうしてもフェンスまで写ってしまいます。 フェンスの間にレンズを押し込むようにして撮っても、隅がケラレたようにフェンスが写ったりして、なかなかうまく撮れません。

そこで、「そこにフェンスがあるんだから、フェンスが写ったって構うものか」と開き直ります。 すると、それまで邪魔だったフェンスが、独特のリズムを持って語りかけてきます。 その存在を認めることで、フェンスの持つ魅力が感じられるようになったのです。 何だか、葉がフェンスとたわむれているかのように見えてきます。 もしかしたら、フェンスがあった方が面白いかもしれないぞ。

写真というのは、物の見方なんだなぁと、つくづく思いました。

モノクロ写真の好き嫌い

実は、モノクロ写真って、あんまり好きじゃなかったんですよ。

1839年に発表された最初のカメラ、ダゲレオタイプは、白黒写真でした。 1841年に発表されたカロタイプも、セピアがかったモノクロ写真でした。 カラー写真自体は、1861年にマックスウェルによって発表されていますが、一般的に使われるようになったのは、その一世紀後に、カラーネガが発売されてからのことです。 昔は、カラーの写真を撮りたくても、技術的に難しかったんですね。

それで、当時の写真家達は、モノクロのフィルムで写真を撮りました。 今のように、デジタルカメラもなければ、駅前のスピード現像所もなかったので、現像も自分でしなければなりませんでした。 そうしたモノクロ写真が、新聞や雑誌、写真集などで出回るようになると、写真=モノクロ写真という図式ができあがります。 そのため、せっかく苦労してカラー化に成功したのに、「モノクロ写真の方が味があっていい」という人も出てきました。

私は、モノクロからカラーへの転換期の頃はまだ生まれていませんでしたが、フィルムからデジタルへの転換期は直にこの目で見ています。 ずっと写真に憧れていたのに、フィルム写真は敷居が高くて、なかなか手が出ませんでした。 だから、デジタルカメラが登場した時は、本当に嬉しかったですね。 それだけに、フィルム写真、特にモノクロ写真を愛する人たちの気持ちが、全然理解できなかったのです。

でも今では、前よりもフィルム写真やモノクロ写真の良さがわかるようになってきました。 モノクロ写真は、絵画でいうところのデッサンやクロッキーみたいなものなのかもしれません。 ものの形や陰影を素早く的確に捉え、それを伝えることが、モノクロ写真の醍醐味なんでしょうね。 色彩は時間がかかるし、色彩によって印象が左右されてしまいます。 その代わり、草花や料理などは、何だか味気ない写真になっちゃいますが。

それでもやっぱり、私はカラーの見たまま写真の方が好きだなぁ。

プロフィール

K-Hyodo

K-Hyodo

本名:兵頭 薫
鹿児島の30代男性
ソフトウェア作家を目指す

コメント・拍手は大歓迎!

K-Hyodo's Soft

どのソフトも、
Mac & Windows 両対応!

iKeyboard 3

本気で覚えるための、
キーボード練習ソフト。

ベクターソフトレビュー


PhotoMaster 2

撮影を楽しむための、
デジカメ写真管理ソフト。

ベクターソフトレビュー

Vector Best Online Soft of 2004


iKeyboard 2

ブログを読み返すための、
バックアップ表示ソフト

窓の杜 今日のお気に入り


マルチプラットフォームの統合開発環境REALbasicで開発しています。

Twitter

 

カレンダー

02 | 2007/03 | 04
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

ブログ内検索

アクセスカウンター

読書メーター

K-Hyodoさんの読書メーター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。