選択肢の落とし穴
2007/02/15 21:28 随想録
目の前で、道が二手に分かれているとします。
右の道は、山の奥の方へと続いていて、一体どこに出るのか見当もつきません。 左の道は、延々と渋滞が続いていて、全く動きそうにありません。 周りに店はなく、民家すらありません。 日は傾いており、モタモタしていると日が暮れてしまいます。 どっちの道にも行きたくないし、残された時間は徐々に減っていきます。 目の前は真っ暗になり、足はすくんで、とうとう一歩も動けなくなってしまいました。
冷静になりさえすれば、第三、第四の道が見えてきます。 意を決して右の山道を行けば、途中で道路標識を発見するかもしれませんし、渋滞の列に加わっていれば、他の車から何らかの情報が得られるかもしれません。 来た道を引き返して、近くの町まで戻れば、人に道を聞いたり、本屋で地図を買ったり、宿で一泊することもできます。 でも、「どっちの道を行く?」と聞かれたら、身動きが取れなくなってしまっても無理はありません。
確かに、選択肢を与えることで答えやすくなることはあります。 デートの時に、「食べたいものは何?」と言うよりも、「和食と洋食のどっちがいい?」と聞いた方が、相手は答えやすいものです。 また、選択肢を巧みに利用することで、自分の知っている店にうまく誘導することができるかもしれません。 でも、下手をすると、相手の気持ちを無視して、デートを台無しにしてしまうことにもなりかねません。
ほとんどの場合は、どちらか魅力的な方を選ぶだけで良いので、特に問題はありません。 どっちでもいいやと、気まぐれで選ぶ人だっているでしょう。 でも、中には、どちらにも魅力を感じなかったり、逆に脅威を感じてしまう人もいます。 そういう人は、どちらかを選ぶことができずに、その場で立ち止まって、パニックを起こしたり、無気力になってしまいます。 こうして悩んでいる人達が、世の中にはたくさんいます。
選ぶことができないのは、その人が悪いからではありません。 運悪く、魅力的な選択肢に恵まれなかっただけかもしれません。 何らかの事情で、心に大きな傷を負ってしまったのかもしれません。 いずれにしろ、大切なことは、選択肢を押し付けることではなくて、選択肢の数を増やして、それらの魅力を伝えることです。 そして、知識以上に、より多くの経験を与えることです。
どんな大義名分を持ち出したところで、その人の経験にそぐわなければ、何の役にも立たないのです。





