恐怖!クリームパンの呪い

異変に気づいたのは、今月の初めでした。

とにかく、鼻が良く詰まるんです。 さっきかんだばっかりなのに、数分も経たないうちに、もうティッシュに手が伸びてしまいます。 最初は透明の鼻水が少し出るんですが、何度か繰り返していると、奥の方から膿のような黄色い鼻水がどんどん出てきます。 それはまるでクリームパンのクリームのようで、何だかクリームパンになったみたいだ、なんて呑気なことを考えるだけの余裕もありました。

そんなある日、ドラゴンさんのご好意でバイクの写真を撮らせてもらうことになったんですが、朝起きると、右の耳がどうもおかしいんです。 音楽を鳴らしてみると、右側だけ、トンネルの中に入ったような、水が入ったような感じがします。 耳くそでも詰まったかなと、耳かきでほじってみますが、むしろ耳のかき過ぎで耳の中が痛いくらいです。 その日はそのまま撮影に出かけたわけですが、数日したら自然と治ってしまいました。

それでも、鼻づまりはずっと続いていて、たまに右の耳が聞こえにくくなることがありました。 すると、今月の中頃あたりから、鼻づまりが悪化して、寒気もするようになりました。 ああ、やっぱり風邪だったのかな。 でも、風邪に特効薬はないって言うし、医者に行っても簡単な診察と熱冷ましくらいしかくれないだろうし、まあ、そのうち治るだろうと甘く考えていました。

実際、寒気もすぐに治まって、生活もいつも通りにしていました。 ところが、23日にまた寒気が出てきて、熱も出てきました。 私は滅多に風邪を引かないのが自慢なんですが、ついに本格的に風邪を引いてしまったようです。 誰もが毎年のように風邪を引いているわけですが、私は風邪に引き慣れていないだけに、この体調の変化はかなりの恐怖体験でした。

鼻の中から、得体の知れない黄色いネバネバした液体が止めどもなく出てきます。 右の耳は聴こえにくくなり、欠陥が脈を打つ度に、後頭部がズキンズキンと痛みます。 意識はもうろうとして、布団の中で寝返りを打つと、わずかな擦れが大きな刺激となって肌を駆け巡ります。 どんなに布団をかぶっても寒気は治まらず、激しく体を擦り合わせながら、体内に入り込んだ何者かの存在をはっきりと感じて、彼らをじっと恨むのです。

もちろん、過去に何度も風邪の経験はあるし、風邪についての知識も人並みにあります。 私が医者嫌い、薬嫌いでなければ、さっさと医者で薬をもらって、ずっと楽になっていることでしょう。 それでも、滅多に風邪を引かない私にとって、これは貴重な体験です。 そして、風邪の症状に苦しみながら、医学がまだ十分に発達していなかった頃のことを考えます。 これは、クリームパンの呪いだ。何者かが、私をクリームパンマンにしようとしているのだ!

皆さんも、クリームパンの呪いには、くれぐれも気をつけてくださいね!

神よ、救いたまえ!

風邪引いて、鼻が詰まって、頭が痛いんです。

ありがとう、15万カウント!

おかげさまで、15万カウントを迎えることができました。
さらに上を目指して、頑張っていきたいと思います。
これからも、K-Hyodo's Blogをよろしくお願いします!

自分の役割を考える

どんなものにも、表があれば裏もあり、日が当たれば陰もできます。

日の当たる明るい場所も好きですが、その陰の部分も同じくらい好きなんです。 人間だって、明るく楽しい時もあれば、暗く悲しい時もあります。 もちろん、暗く悲しいよりも、明るく楽しい方がずっと良いわけですが、明かりを強くすればするほど、濃い陰ができてしまうものです。 のっぺりとした均一の光にすることもできますが、刺激のない生活にきっと耐えきれなくなることでしょう。

木も、さんさんと降り注ぐ日差しをいっぱいに浴びた葉もあれば、それをその陰でしっかりと支える太い幹や、地面を這い回る根があります。 そよ風に揺れながらキラキラと輝く葉と違い、幹や根は地味で、良く見ると結構おぞましい姿をしています。 公園を散歩する時は、他の美しい部分に目がいくので、あまり意識されることはありません。 しかし、写真にして視点を固定させると、それらを見ないわけにはいかなくなります。

人が見ていないもの、あるいは避けているものを、わざわざ写真に撮ることもないだろうに。 確かに、こんな写真なんて見たくもないとか、見ても仕方がないと思う人もいることでしょう。 でも、私はこうした写真も好きなんです。 いや、もしかしたら、こういう写真の方が好きなのかもしれません。 明るい写真が吸い寄せる力があるとしたら、暗い写真には、押し出すような強い力があるように感じるからです。

人を動かす時、遠くから手招きする人、大声で呼び寄せる人、上から引っ張り上げる人、一緒に手を繋ぐ人、背中を押す人、下から押し上げる人、後から追い立てる人、いろんな人がいます。 それでは、自分は一体どのタイプなのかを考えてみると、上から引っ張り上げるよりも、下から押し上げる方が向いているような気がします。 もしかしたら、上から落ちてくる枯れ葉を食べる、分解者なのかもしれません。

強いあごで噛み砕いて、再び吸収しやすい形に変える、重要な役目ですね。合ってるかな?

木が気になる気がしたよ

今日は、確定申告をしてきました。

私の場合、収入も少なければ必要経費も少ないので、確定申告としては、かなり簡単な部類に入ります。 それでも、昨日は、国税庁のホームページにある確定申告コーナーを利用しながら下書きをして、今日は、自治会館に設置された確定申告センターで税理士さんにチェックしてもらってと、二日がかりの作業でした。 提出を終えて外に出ると、日陰ではわずかに肌寒いものの、日向はまるで4月のような暖かさでした。

せっかくなので、辺りをブラブラと見て回ります。 ここは、かつて飛行場のあった場所で、真っ直ぐな道路が何本も通っています。 飛行場の格納庫はバス会社の車庫になり、横の建物はスーパーになっています。 滑走路の間は団地になっていて、あちこちに緑地が作られています。 その緑地に西日が差して、苔むした地面に木々が影模様を作っていました。

その様子を撮りながら思いました。木っていいなぁ。 というわけで、近所の鴨池緑地まで足を伸ばして、木をじっくり撮ってきました。 木のどこが一番好きかと聞かれたら、私は真っ先に根っこと答えるでしょう。 特に、アコウの木のように、うねうねと脈を打ったような根っこが大好きです。 混沌としていながら、その中に不思議な力強さと美しさを感じるからです。

逆に、整然と整理された花壇というのは、あんまり好きになれないんですよね。 確かに、綺麗だなぁとは思うんですが、すぐに飽きてしまって、見るのが辛くなっちゃうんですよ。 根っことか葉っぱとかって、それぞれが好き勝手に伸びたり生えたりしているのに、そこに必然性のようなものを感じます。 やりたいようにやってるだけよ。何か文句ある? そう言って、堂々と突っ立っています。

葉の落ちた木って、見れば見るほど、得体の知れない未知の生物のように見えます。 私はいつも、理科室に置いてあった骨格や神経の標本を思い出します。 自分の神経を引っ張り出してみたら、やっぱりこんな形をしてるんだろうなぁ。 自分の神経を見ることはできないけど、同じような姿を見ると、木も自分と同じ生き物なんだよなぁと思うのです。 自分の頭の中も、こんな風になってるのかもしれません。

木の姿って、一番自然な姿なのかもしれないなぁ。

正直な胸の内

物事は、突き詰めれば突き詰めるほど、おかしくなるような気がする。

たとえば、私は君が好きだ。 これはもう、自分が一番良く知っている。 好きなものは好きなんだから仕方がない。 でも、それを証明しようとすると、途端に訳がわからなくなる。 笑顔が好き?仕種が好き?性格は?どういうところが好き?嫌いなところはある? 君の素直なところが好きだ。 でも、その素直さに腹を立てる時もある。 それは素直過ぎるから? それとも、まだまだ素直が足りないの? ええい、うるさい。イライラするから放っといてくれ!

たとえば、暴力はいけなことだ。 特に、男が女に暴力を振るうなんて、最低のことだ。 男は力が強い。女は力が弱い。だから、男は女に優しくしなければならない。 でも、ちょっと待てよ。 男にだって、力の弱い奴はいる。 だったら、力の強い男が、力の弱い男に暴力を振るうのも、良くないんじゃないか。 となると、自分より力の弱い奴に暴力を振るうことはできなくなるぞ。 ということは、力の弱い人間が、自分よりも力の強い人間に対してなら、暴力を振るってもいいんだ!

感情は、それ自体、純粋なものだと思う。 それを、別の言葉で置き換えてしまうと、その瞬間に、別のものになってしまう。 でも、言葉をうまく使えば、なるべく元の状態に近い形で、相手に伝えることができる。 時には、陳腐になったり、時には、大げさだったり。 でも、言葉を発する前から、感情は伝わっているものだ。 その言葉が何であれ、言葉とは別の部分で、感情は相手に伝わっていく。 ただ、言葉にすることで、その感情を確かなものにしたいだけ。

そう、理性は、自分を納得させるためにあるんだと思う。 別に、それが厳密に正しくなくったって構わない。 ただそれが、自分の生きる範囲内で、それなりに役に立ちさえすれば、それで十分なんだ。 だから、嘘だって平気でつける。 いや、確かに心が痛む時もあるけども、その嘘が十分な効果を発揮してくれれば、そんな痛みは大したことじゃない。 もし仮に、それが現実にそぐわないものだったとしても、皆がそれを信じていれば、嘘は嘘じゃなくなるんだよ。

感情は、心の中に確かに存在する。 その存在は常に危ういけど、その時々で、明らかに存在する。 それに対して、理性はずっと安定してるけど、ちょっとした変化で、脆くも崩れ去ってしまう。 別れても好きな人はいても、屁理屈にいつまでも付き合うほど暇な人はいない。 喜怒哀楽は、誰もが経験することだけど、物事の考え方は、そう簡単にはまとまらない。 でも、皆の考えが一致した時は、とっても大きな力になるんだ。

ただ、その力が、誰にどういう影響を及ぼすかは、やってみないとわからない。 もちろん、慎重に理性を働かせれば、ある程度の予測は立てられるだろう。 でも、やっぱり、やってみないと、確信は持てない。 それに、やってみたところで、その考えが正しかったかなんて、本当のところはわからない。 できることは、少しばかり的を絞って、納得することだけ。 そういう小さな積み重ねで、ほんの少しずつ、理解が進んでいく。

人生は、短い。後悔したくなければ、自分でいろいろ試してみることだな。

ふたつの時間

苔はむし、蔓は這い、同じ時の中で、それぞれの時を過ごす。

原点に返ってみる

早いもので、鹿児島に来て、もうすぐ14年になります。

そして、14年前、鹿児島で初めて訪れた場所が、この新照院町です。 大学受験で、鹿児島大学の二次試験を受けにきた時、この上にある城山観光ホテルに泊まったのでした。 生まれて初めての一人旅、その後10年以上も住むことになる土地とのファースとコンタクトです。 慣れない高級ホテルよりも、何だか寂れた街並に、妙な親近感を覚えたものです。 初めてなのに、どこか懐かしい。それが、鹿児島の第一印象でした。

正直なところ、鹿児島に来たくて来たわけではありませんでした。 他に行きたいところもないし、寒いところよりは暖かいところの方が良さそう、という程度の考えしかありませんでした。 自分の成績と照らし合わせると、鹿児島大学が一番条件が良くて、運良く合格してしまったというだけの話です。 もし、受験に面接があったら、一体どんな作り話をしていただろうと思うと、ちょっと怖くもあります。

ホテルについた受験生がすることといえば、もちろん試験会場の下見ですね。 普通なら、バスやタクシーを使うところですが、私は地図を片手に歩いていくことにしました。 ホテルは小高い丘にあり、試験会場の大学までは直線距離で3kmほどあります。 時速4km、多少回り道したとしても、1時間見とけば余裕で着くな。 確かにその通りでしたが、その代わり、足の裏にマメができて、皮がめくれてしまいました。

当然、試験当日も歩いて会場へと向かいました。 合格して、入学手続きをしに来た時も、大学の近辺をあちこち歩き回りました。 鹿児島に引っ越してからも、暇さえあれば、自転車であちこちを走り回りました。 昼だろうと夜だろうと、気が向いた時に、ふらりと出かけたものです。 家族という束縛から解放されて、私が自分の意志で最初にしたこと。 それは、気の向くままに、ふらふらと放浪することだったのです。

その放浪癖は、14年経った今も変わることなく、続いています。

仲間からのメッセージ

サトコちゃん「ペコちゃん、アリナミン飲んで頑張ってね!」
サトちゃん「サトコちゃん、ユンケルだって!」

心のモヤモヤ

心の中に、モヤモヤが広がる
必死になって、それを振り払う
身を強ばらせて、目を閉じる
心を閉ざしても、モヤモヤは消えない

どうしたの、どうかしたの
どこからか、声が聞こえる
目を開けると、仲間がいた
たくさんの顔が、心配そうに覗き込んでいた

声をかけて、手を差し伸べてくれる人
同じように、心に影を持った人
一緒になって、上を目指してくれる人
遠くから、じっと見守ってくれている人

まだモヤモヤは消えないけど、前に進んでみようと思う

個性と集団といじめ

駅の券売機で、前の人が使い方がわからずに困っています。

「何をモタモタしてやがる!」と怒鳴る人。 「どうしてこんな簡単な機械が使えないんだ」と理解に苦しむ人。 相手には無関心で、ただひたすら自分の番を待つ人。 「頑張れよ」と心の中で応援しながら、温かく見守る人。 「これはこうすればいいんですよ」と、丁寧に教えてあげる人。 「私に任せて!」と、代わりに券を買ってあげる人。 世の中には、いろんな人がいます。

一番望ましいのは、使い方を教えてあげることでしょう。 困っている人は、使い方を学ぶことができるし、時間もかかりません。 でも、私は自分で物事を考えるのが好きだし、人見知りをするところもあるので、じっと見守ることが多いです。 もちろん、相手が助けを求めてきたり、もうお手上げだという時には、ちゃんと教えてあげます。 もし、急いでいたとしても「モタモタするな」とは言わないし、使い方を熟知していたとしても「この馬鹿が」とは言いません。

私だって、ささっと要領よく教えることができたらいいなと思います。 もちろん、その気になれば、そうすることもできるでしょう。 でも、そのためには大きな勇気が必要になり、とてもぎこちない会話になることでしょう。 そして、満足と後悔の入り交じった感情の中で「慣れないことはするもんじゃないな」と思うのです。 もし、じっと見守ってから助けを求められていたら、きっと落ち着いて対応することができたでしょう。

「モタモタするな!」と怒鳴った人も、いつも怒鳴り散らしているわけではありません。 急いでいて、待ち時間が惜しくて、早くして欲しいから、自分の意思表示をしたまでです。 皆が遠慮して黙っている中で、無神経な怒鳴られ方をして、初めて自分の非に気づいた、という経験のある人もいることでしょう。 同様に、いつも自分の能力を鼻にかけているけど、仕事をやらせたら本当に凄い能力を発揮する人もいます。

世の中は、こうしていろんな人達が集まってできています。 そして、違うタイプの人達がぶつかり合いながら、お互いを理解していくのです。 こうして、いろんなタイプの人達がいるから、全体のバランスが保たれるのです。 でも、もし、全ての人達に同じ振る舞いをするように仕向けたとしたらどうなるでしょうか。 そのタイプに適合した一部の人達だけが大きな力を持ち、それ以外の人達は同一性障害に悩むことになり、相反するタイプの人はその社会から締め出されることになります。

いじめの原因の約半数が、「力が弱い・無抵抗」なんだそうです。 これは、いじめる側、いじめられる側だけの問題じゃなくて、その集団内で弱者を助けるという機能が麻痺しているということだと思います。 クラスの中には、可哀想だ、助けてあげたいと思っている人が必ずいるはずです。 そういう人達が、実際に行動に移せないのは、自分がいじめられるかもしれないという恐怖心以外に、日頃から自分の個性を押さえつけられている現状があるんじゃないかと思うのです。

その辺り、現役の子供達はどう考えているんでしょうか。

すれ違い

まるで噛み合ないように思えても、意外なところで繋がっているものだ。

選択肢の落とし穴

目の前で、道が二手に分かれているとします。

右の道は、山の奥の方へと続いていて、一体どこに出るのか見当もつきません。 左の道は、延々と渋滞が続いていて、全く動きそうにありません。 周りに店はなく、民家すらありません。 日は傾いており、モタモタしていると日が暮れてしまいます。 どっちの道にも行きたくないし、残された時間は徐々に減っていきます。 目の前は真っ暗になり、足はすくんで、とうとう一歩も動けなくなってしまいました。

冷静になりさえすれば、第三、第四の道が見えてきます。 意を決して右の山道を行けば、途中で道路標識を発見するかもしれませんし、渋滞の列に加わっていれば、他の車から何らかの情報が得られるかもしれません。 来た道を引き返して、近くの町まで戻れば、人に道を聞いたり、本屋で地図を買ったり、宿で一泊することもできます。 でも、「どっちの道を行く?」と聞かれたら、身動きが取れなくなってしまっても無理はありません。

確かに、選択肢を与えることで答えやすくなることはあります。 デートの時に、「食べたいものは何?」と言うよりも、「和食と洋食のどっちがいい?」と聞いた方が、相手は答えやすいものです。 また、選択肢を巧みに利用することで、自分の知っている店にうまく誘導することができるかもしれません。 でも、下手をすると、相手の気持ちを無視して、デートを台無しにしてしまうことにもなりかねません。

ほとんどの場合は、どちらか魅力的な方を選ぶだけで良いので、特に問題はありません。 どっちでもいいやと、気まぐれで選ぶ人だっているでしょう。 でも、中には、どちらにも魅力を感じなかったり、逆に脅威を感じてしまう人もいます。 そういう人は、どちらかを選ぶことができずに、その場で立ち止まって、パニックを起こしたり、無気力になってしまいます。 こうして悩んでいる人達が、世の中にはたくさんいます。

選ぶことができないのは、その人が悪いからではありません。 運悪く、魅力的な選択肢に恵まれなかっただけかもしれません。 何らかの事情で、心に大きな傷を負ってしまったのかもしれません。 いずれにしろ、大切なことは、選択肢を押し付けることではなくて、選択肢の数を増やして、それらの魅力を伝えることです。 そして、知識以上に、より多くの経験を与えることです。

どんな大義名分を持ち出したところで、その人の経験にそぐわなければ、何の役にも立たないのです。

光と闇の狭間で

彼は、少しずつ変わり始めていた
彼自身、その変化をはっきりと感じていた
延々と続いた暗い闇が、ようやく終わろうとしている
後一歩を踏み出せば、明るい外の世界に出られる
彼の背負った大きな闇が、その最後の一歩を鈍らせる

その光がどこまで続くのか、その先には何があるのか
暗闇に慣れた目は、明るい光を拒むように細まる
眩い光の中で、たくさんの視線が彼に向かう
彼は射すくめられて、その場で足を止める
自己の存在が揺らぎ、淡い影が心に落ちる

しかし彼は、自分の変化に気づいていた
希望の芽が吹き、もう後には戻れなことを
そこから何が生まれるのか、彼にはわからない
それでも、何かを生み出す使命を感じている
眩い光が、進むべき道へと導いてくれることを

最高の場所

靴を修理して履いていた時代、最高の技術は今も息づいている

穢れなき白い世界

穢れのない、真っ白な光に包まれた世界
理想を追い求め、全身を針のように尖らせる人
希望の光を失い、がっくりと首をうなだれる人々
理想の光を浴びて、紅く染めた顔を上げる人
現実の光が彼らを照らし、理想の光の上に淡い影を落とす
頭上には鉄格子がはめられ、一匹の蛾がじっと彼らを見つめている

未知との遭遇 ドーナツ編

今日は、ラードでドーナツを揚げてみました。

でも、ちょっと面倒だったので、下調べなしに、いつものケーキと同じように生地を作っていきます。 卵2個と砂糖30gでメレンゲを作り、小麦粉100gと膨らし粉10gを入れて良く混ぜたら、様子を見ながら牛乳を入れていきます。 50ccほど入れたところで一旦止めて、再び混ぜ合わせます。 いつもよりは減らしたつもりですが、生地はゆるゆるでとてもドーナツの型は作れそうにありません。

ええい、構うものかと、スプーンですくって油に入れていきます。 すると、猛烈な勢いでどんどん焦げていくではありませんか。 慌ててひっくり返し、急いで取り出します。 それなりに膨らんではくれましたが、まるで火星人のような足がたくさんついています。 そして、油にはモゾモゾと大量のイモ虫が浮いてたりして…。

何とか揚げ終わって、恐る恐る口に運びます。 あやや、中まで火が通ってないや。 でも、外側はふっくらしていて、内側の生の生地はクリームのようで、何だかクリームパンみたいです。 うん、これはこれで美味しいかも。 とても人様に出せるような代物じゃありませんが、男一人の趣味のお菓子作りなんだから、こういうところも楽しまないとね。

今回の反省点は、第一に牛乳の量が多過ぎたこと、第二に生地を寝かせなかったこと、第三に油の温度が高過ぎたことの三つです。 本来のドーナツは、牛乳よりもバターをたっぷり入れているようです。 出来上がった生地は、しばらく寝かせることで粘り気が出てきて、形を作りやすそうです。 油は唐揚げの感覚で高温にしてしまいましたが、唐揚げ180度に対して、ドーナツは130度くらいで良いみたいです。 最初に失敗しておくと、注意点がはっきりするので、押さえるべきツボがわかりやすくなるというものです。

よ〜し、次はきっと綺麗なドーナツを作ってやるぞ!

揚げ物はラードで一歩リード

今日は、久々に揚げ物をしてみました。

先月は、鳥の唐揚げで揚げ物デビューして、サツマイモでフライドポテトを作ったりしたわけですが、どうもうまく揚げることができなかったんですよね。 揚げたてはカリッとして美味しいのに、冷めてしまうと途端にベタッと油っこくなってしまうんですよ。 油の温度を高めにしたり、クッキングペーパーで余分な油を取り除いたりと工夫してみたものの、あまり改善することはできませんでした。

そうして試行錯誤しているうちに、揚げ物の食べ過ぎで油を見るのも嫌な状態になってしまい、ずっと揚げ物からは離れていました。 ところが、たまたま見かけた記事の中に、大きなヒントが隠されていました。 どうやら、普通のサラダ油じゃなくて、ショートニングというのを使えば、カリッと仕上がるようです。 ショートニングといえば、スーパーでマヨネーズみたいなチューブに入ったのを見たことがあります。 よし、これで揚げ物を作ってみよう。

でも、ショートニングについて調べてみると、次第に雲行きが怪しくなってきました。 ショートニングは、マーガリンから水分や添加物を取り除いてより純度の高い油脂にしたものだそうですが、これらにはトランス脂肪酸という良からぬ成分が含まれるそうなんです。 トランス脂肪酸は、基本的に自然界には存在しない物質で、アレルギーや癌の原因の可能性があるとか。 すでに、海外のマクドナルドやケンタッキーでは、トランス脂肪酸を含まない油に切り替えているようです。

油には、大きく分けて、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の2種類があるそうです。 飽和脂肪酸は脂身などの固形の油で、不飽和脂肪酸はサラダ油などの常温で液体の油です。 サラダ油で揚げると、冷めた時にベタッとしてしまうのは、油が液体になって残ってしまうからなんですね。 そこで、ラードなどの飽和脂肪酸の油で揚げれば、冷めてもサクッと食べられるというわけです。 ちなみに、マーガリンやショートニングは、液体の不飽和脂肪酸を無理矢理固形にしているんですよ。

難しいことは置いといて、とにかく固形の油で揚げれば、冷めても美味しく食べられることがわかりました。 スーパーで調べてみると、100gあたりの値段は、ショートニングが約100円、ラードは約70円で、意外にもラードの方が安いことがわかりました。 250g入りのラードを二つ買って帰ると、早速サツマイモでフライドポテトを作ってみました。 結果はバッチリで、カリッと美味しく揚がりました。 でも、冷める前に全部食べちゃいましたけどね。

皆さんも、ぜひラードを試してみてくださいね。

心の中の血の叫び

私の人生、お先真っ暗だわ
遠くの闇を睨みながら、君は言う
ボロボロの服に、ポロポロと涙が落ちる
それでも君は、紅潮した顔を上げて叫ぶ
私の知らないどこかで、私を必要としている人がいる
きっとどこかで、手招きしている人がいる
そうして君は、上を向いて叫ぶ

心は広く果てしなく

クレーマーという言葉も、今ではすっかり定着しましたね。

クレーマーという言葉は、1999年の「東芝クレーマー事件」によって、広く知られることになりました。 これは、東芝製のビデオデッキで正しくテープが再生されないという件に関して、ユーザーとメーカーの間ですれ違いがすれ違いを呼び、泥沼化してしまったという事件です。 結果的には、不具合の原因はビデオデッキではなくユーザーのテープにあったわけですが、メーカー側も無断で特別な修理を行ってしまったために、責任の所在が曖昧になってしまいました。

私はこの事件に関してさほど詳しいわけではありませんが、過去に何度か調べたことがあります。 例の告発ページも一通り読んだことがありますが、その主張自体は実に論理的で筋が通っていました。 しかし、その行動は常識を逸脱した部分もあり、何もそこまでしなくても、というのが正直な感想でした。 ユーザーもメーカーも、どちらも悪意があったわけではなくて、小さな過ちも許せないユーザーと、穏便に済まそうとするメーカーの対応が噛み合ずに起きた悲劇だったわけです。

単にクレーマーと言うと、「日頃のストレスをメーカーのサポート係にぶちまけることによってストレス発散しているひねくれ者」みたいなイメージがあります。 でも、実際には、曲がったことの嫌いな熱血漢で、揺るぎない信念と悲壮な決意を持って、問題解決に取り組んでいる、ということが多いようです。 ところが、あまりに真面目過ぎて融通が利かずに、100%の解決を求め過ぎて、必要以上に相手の反感を買ってしまうんですね。

あなたの周りにも、そういう人が一人や二人はいるんじゃないでしょうか。 そういう私自身、融通が利かずにずいぶん周りに迷惑をかけたものです。 今でもその名残はありますが、10年前と比べるとずいぶん穏やかになったものです。 自分は正しいという絶対的な自信があるから、他人にもその正しさを求めてしまうんですね。 それが、自分で思っているほど自分が正しい存在じゃないことに気がつくにつれて、他人の間違いにも寛容になっていきます。

もちろん、仕事としてしている以上、サポート係には企業の顔としての責任があります。 個人的にどれだけ腹に据えかねたことがあったとしても、笑顔で、あるいは神妙な面持ちで対応しなければなりません。 でも、こういう考え方って、根本から間違っているように思います。 何かを必要としている人がいて、それを提供できる人がいる。 困っている人がいて、それを助けられる人がいる。 そういう人と人との関係こそが、何よりも大切だと思うのです。

責任を果たすということは、失敗をしないことではなくて、相手のために自分の力を出し切ることだと思います。 最近は、マスコミだけに限らず、他人を非難して足を引っ張るような言動が目立つように思います。 ネット配信のニュースには、目を疑うような記事も多く見られます。 相手の粗探しをするんじゃなくて、お互いの力を出し合えるように努力していきたいですね。

生き物は遺伝子を運ぶための機械だよ

と言ったのは、生物学者のリチャード・ドーキンスさんです。

その著書「利己的な遺伝子」で、彼は「我々人間を含めた生物は、遺伝子が自らのコピーを残すために作り出した『乗り物』に過ぎない」と書いています。 つまり、人間を主体とした考えから、遺伝子を主体とした考え方へと視点を変えることで、より真実へと近づこうとしているわけです。 ただし、「利己的』「乗り物」といった言葉は、あくまで理解を助けるための比喩的な表現であり、実際に遺伝子が意志を持って宿主となる生物を操縦しているわけではありません。

リチャードさんは、自他ともに認めるダーウィニストで、ダーウィンの進化論の信奉者です。 今では、遺伝子の存在を否定する人はずいぶん少なくなりましたが、ダーウィンが「種の起原」を発表した当時は、キリスト教などの宗教の教義に反するとして、相当な圧力がかかったそうです。 それでも、ダーウィンの主張は、より多くの事実を説明できる説として支持され、様々な改良を経て現在に受け継がれています。

あれ、でもこの話、最近どこかで訊いたような気がしますね。 そう、例の「産む機械」発言です。 少子化対策という文脈の中で、「機械と言って申し訳ないけど」という前置きの後で「15〜50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」と言うのは、内容としては実に理にかなっています。 でも、「女性を機械としてたとえるのは不適切だ」ということで、大きな議論が巻き起こっているのです。

正直なところ、私はこの論調に呆れ果てました。 機械が製品を生産するのも、女性が子供を出産するのも、ついでに男性が精子を放出するのも、みんな同じことです。 機械だって、自分達で勝手に仲間を生産してるわけじゃありません。 人間が必要としているから、人間が機械を開発して、人間が機械を使用しているのです。 「産む機械」発言が女性蔑視だというなら、そういう発言は機械蔑視だといえるでしょう。

そもそも、少子化だ少子化だと騒ぐこと自体、間違っていると思うのです。 そんなに子供が必要なら、自分達が作ればいいんです。 子供にお金がかかるのなら、贅沢をやめればいいんです。 子供に金銭的な負担がかかるなら、老人が負担すればいいんです。 負担が重くなるようなら、負担のかからない生活をすればいいんです。 結局は、自分達は何もしたくないから、子供達に負担を押し付けようとしているんです。 結局、子供達を機械扱いしているのと同じことですよね。 これは、まさに子供蔑視です。

「産む機械」発言に対する過剰な反応は、そういう本心を見透かされたことに対する防衛本能みたいな気がします。 子供が減っているのは、人口が増え過ぎたことに対する自然のフィードバックによるものです。 長期的な目で見れば、必ずどこかで再び人口が増加する時が来るでしょう。 出生率をコントロールすることを考えるよりも、出生率の変化に影響されないような仕組みを作る方がよっぽど重要なのです。

中学生の頃、社会の教科書に書かれた「愚民化政策」という言葉に、とても驚いた記憶があります。 国民を愚かにすることで、国民を意のままに操ろうなんて、なんて恐ろしい政策なんだろう。 でも、日々のニュースを読んでいると、国民自らが進んで愚かになっているような気がしてなりません。 いや、もしかしたら、人間というのは、自分で思っているほど賢くはないのかもしれません。 第一、私自身、とても自慢できるような生活を送ってはいませんからね。

それでも、少しずつでも賢くなりたいなぁと思うのです。

花は種を作るための機械だよ

いよいよ、梅が咲き出しましたね。

近所の梅の木も、ついこの間に咲き出したと思ったら、あっという間に満開になりました。 これはやっぱり梅を撮りに行かないと、ということで、去年と同じ裏山の公園まで行ってきました。 昼下がりの公園は、午後の黄色い光に包まれて、ちょっと幻想的な雰囲気でした。 あちこちで、つぼみが膨らんでいたり、花が咲いたりしていて、もう春目前という感じでしたよ。

梅はちょうど満開で、近所の人達がのんびりと花見を楽しんでいました。 桜の花見は馬鹿騒ぎの乱痴気騒ぎが多いですが、梅の花見はとても穏やかで落ち着いた雰囲気です。 昔は、梅の花は地味だし、桜の花の方が勢いがあって好きだったんですが、今では梅の方により魅力を感じます。 そして、名前も知らない小さな花にも、同じような愛着を感じています。

桜というと、見渡す限りソメイヨシノばっかりで、すぐに食傷気味になって花より団子になってしまいますが、梅は割と種類が豊富なので見飽きることがありません。 今年も、ピンク、白、赤と、3種類の梅が咲いていました。 白い梅は、良く見ると、あのオオシマザクラを思わせる淡い黄緑色をしています。 いやいや、どの梅の色も素晴らしいです。

もちろんソメイヨシノも素晴らしい花なんですが、桜の花見に対する姿勢というのが、どうも好きになれないんですよね。 春の恒例行事として、新入社員との親睦を深めたり、社内の団結を固めたりといった効果もあるんでしょうが、わざわざ花見としてすることもないだろうに、と思うのです。 まるで、無意味な行事への参加を強要することによって、忠誠を誓わせる踏み絵の儀式のようです。

せめて、花見の時くらいは、自分の感性で楽しみたいものですね。

余ったアンコで饅頭作り

どら焼きを作った時に余ったアンコで、饅頭を作ってみました。

大きめのボールに、餅粉200gを水200ccを入れて、ゴムベラで良くかき混ぜます。 最初はパサパサとしていますが、子ねていくうちに次第にくっついていきます。 ひとつの大きな固まりになったら、適当な大きさに千切ってから薄く伸ばして、丸めたアンコを包んでいきます。 後は、蒸し器で15分ほど蒸したら完成です。

蒸し上がった直後は、蒸気でベタベタしているので、しばらく冷まします。 皮が乾いたら、アツアツのうちに頂きましょう。 まだアンコが熱いので、舌を火傷しないように気をつけてくださいね。 ケーキやドーナツなどの洋菓子も美味しいんですが、どら焼きや饅頭もいいものですね。 思わず、日本人に生まれて良かったと思ってしまいます。

今回は、蒸し饅頭以外にも、茹で饅頭と焼き饅頭も作ってみました。 茹で饅頭は、鍋で5分ほど茹でたもので、焼き饅頭は180度のオーブンで15分焼いたものです。 茹で饅頭は、アンコの中にお湯が入ってしまい、ちょっと水っぽくなってしまいました。 焼き饅頭は、皮がパサパサのカリカリになってしまって、何だか食べていて惨めな気分になってしまいました。 やっぱり、饅頭は蒸すのが一番のようです。

あ、餅粉の賞味期限が半年前に切れていたのは内緒ですよ!

自分好みのどら焼きを作ろう

caiseiさんの記事を見て、無性にどら焼きが食べたくなりました。

そこで、近所のスーパーでジャンボどら焼きを買って食べたんですが、これが妙に甘いんですよ。甘過ぎて、歯茎が痛くなっちゃうほどです。 もしかして、知覚過敏?それとも歯槽膿漏? いやいや、普段は別にどうってことないんで、やっぱり甘過ぎるのが原因でしょう。 美味しいどら焼きが食べたいなぁ、ということで、自分で作ってみました。

まずは、中に入れるアンコを作ります。 大きめの鍋に、300gの小豆と180gの砂糖、そしてたっぷりの水を入れて、時間をかけてじっくりと煮ていきます。 水が減ってきたら、何度か水を足していきましょう。 ホットプレートの保温機能を使うと楽チンです。 小豆が柔らかくなってきたら、そのまま煮詰めて水分を飛ばして出来上がりです。

次は、皮を作りましょう。 大きめのボールに、卵3個、砂糖30g、牛乳180cc、小麦粉200g、膨らし粉10gを入れて、良くかき混ぜます。 最初に卵白と砂糖でメレンゲを作っておくと、よりふっくらして美味しくなるでしょう。 生地が出来たら、180度のホットプレートで焼いていきます。 焼き上がったら、まだ温かいうちにアンコを挟んでいきましょう。

さてさて、ようやく手作りどら焼きの完成です。 アンコを作るのに3〜4時間もかかってしまいますが、自分好みの甘さにできるので、それだけの価値は十分にあると思います。 とりあえず、余った皮にアンコを挟んで食べてみます。 うんうん、これは美味しい! 皮もふっくら、甘さも程良くて、小豆の風味が何ともたまりません。 アンコはまだまだたくさん余っているので、他のお菓子もぜひ作ってみてくださいね。

あ、賞味期限を1日過ぎた牛乳を使ったことは、内緒にしといてくださいね!

生業 X-TREMEの全開エクストリーム

昨日は、生業 X-TREMEの練習風景を撮影させてもらいました。

生業 X-TREMEは、ドラゴンさんの率いるバイクチームです。 これまで、ドラゴンさんのバイクや練習風景を撮影させてもらってきましたが、チームの撮影は初めてです。 5分遅れで練習場所に着くと、すでに何人かの人達が練習を始めていました。 その後、少しずつメンバーが集まってきて、最終的には10人以上もの人数になりました。 普段はこんなに集まることはないそうですが、その数の多さに驚いてしまいました。

今でこそ大人数ですが、最初はドラゴンさん他数名しかいなかったそうです。 何も知らない状態から、手探りで少しずつ歩を進めながら、わずか二年足らずでここまでチームが成長したのは、ドラゴンさんの人柄によるものでしょう。 初対面の人ばかりでしたが、気さくな人ばかりで、実に和やかな空気が流れていました。 おかげで、私も気持ち良く撮影することができました。

練習は、4〜5台が交代で行われていました。 まだ、誰が誰かもわからない状態なので、とりあえずぼんやりと眺めます。 色とりどり、大小様々のバイクが、広場を所狭しと駆け回ります。 すでにドラゴンさんのウイリーを何度も見ていて、ウイリー自体には慣れていたんですが、大勢で繰り広げられるウイリーはやはり迫力が違いますね。 鹿児島では最大のエクストリーム・チームだろうということでした。

これまで、A1の自動追尾AFを使って撮影してきましたが、そのA1はもうオークションで手放してしまいました。 手元には、動体撮影には弱いと評判のR1しかありません。 自動追尾AFもなければ、連写も遅く、望遠も120mmまでしかありません。 そこで、デジタルズームを「スマート」にして、画素数を3Mに設定しました。 これにより、焦点距離が1.8倍になり、AF枠も表示されなくなります。

露出はプログラム、ホワイトバランスは太陽光、感度はオートで、連写は使わずに撮りました。 結果はご覧の通りで、予想以上にうまく撮れました。 たくさんのバイクがひっきりなしに往復しているという好条件によるところもありますが、少なくともR1での動体撮影が使い物にならないわけではないということは証明できたのではないでしょうか。 思いの外、気持ち良く撮れたので、撮影枚数は775枚にもなりました。

バイクの動きは、基本的に直線で、発進→ウイリー→着地→ストッピーというのが基本形になります。 ウイリーの時に、片手を離したり、後のウイリーバーに足をかけたりという変則技も見られました。 中には、ウイリーをしながらくるくると円を描くものもあったりして、これがまるでダンスをしているようでとても良かったです。 このサークルという技ができるエクストリーマーは、九州内でも少ないそうです。

練習はとても和気あいあいとしていて、黙々と練習している人もいれば、それをぼんやりと眺める人、寝そべってバイク話に花を咲かせる人、ラジコンを持ち込んで遊ぶ人など、皆が気ままに過ごしていました。 でも、ひとたび誰かが転倒すると、皆が一斉に駆け出していきます。 青春を同じ志を持った仲間達と過ごせるって、本当に素晴らしいことですね。 生業 X-TREMEの皆さん、どうもありがとうございました。

桜島の初冠雪

白い雲と、白い雪と、繊維工場の煙。

スイセンの憂鬱

美しいものにも、美しいゆえの、悩みがある。

様々な朝の光

久々に、カメラを持って外に出ました。

朝のオレンジ色の光が、真横から顔を照らします。 吐く息は白く、冷たい空気が頬を突き刺します。 分厚いコートを着込んだ女の人が、襟元を掴みながらいそいそと通り過ぎていきました。 私は、そんな人達を横目で見つつ、胸いっぱいに朝の空気を吸い込みます。 長く伸びた影を見つめていると、私の心ものびのびとしていきます。 いつの間にか咲いていた水仙が、透明な光を浴びてキラキラと輝いていました。

ぶらぶらと歩いていると、無愛想なコンクリートの壁が、もやもやとした不思議な世界を映し出していました。 枯れ草の細い筋と、わずかに残った葉の影。 その魔力に吸い込まれるように、すっとカメラを向けます。 その先には、がらりと雰囲気を変えて、生き生きとした緑の葉っぱが、元気良く朝の光を浴びています。 こういう姿を見ると、こちらも元気が出てきますね。

雑草の生い茂る斜面では、朝の光を受けながら、一本の草がすっくと立っていました。 その姿は、どこか気品すら感じます。 まるで、美しい女性が、愛する人を待ち焦がれているかのようです。 その横では、男性的な椰子の木が、太陽と青空を背に大きくそびえたっていました。 眩い光と、深い青、そしてきらめく緑が、とても印象的でした。 何か新しいことが始まりそうな、そんな感じがします。

意図的に植えられたのか、それとも結果的にそうなったのか、たくさんの木々が、寄り添うように集まって、ここぞとばかりにポーズを決めていました。 まるで、おとぎ話の世界のようで、何だかとても楽しげです。 道路標識の横では、偵察係の葉っぱ達が、注意深くこちらの様子を観察しています。 青と緑の世界も、茶と黄の世界も、どちらも同じ光が照らしているというのは不思議なものです。

光の当たった葉というのは、ただそれだけで美しいものです。 でも、朝の光になると、その美しさに若々しさが加わるように思います。 それが、朝の光によるものなのか、それとも朝の空気によるものなのか。 もしかしたら、朝の慌ただしい喧噪が、そう感じさせているのかもしれません。 これらの写真から、若々しさを感じたとしたら、やはり朝の光によるものなのでしょう。

今日も、若々しく、元気良く、頑張っていきましょう。

ハイテク猫のその後

やっぱり、アニメよりお寝んねの方がいいニャ〜♪

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