雨上がりのお買い物

今日は、ちょっと遠くにあるスーパーの特売日です。

狙うものはただひとつ、卵10個パック92円です。 前は卵なんて滅多に買わなかったのですが、今はパンケーキにハンバーグにと、とにかく卵を良く使うようになりました。 小麦粉は裏山の上にあるスーパーで常時1kg98円で売っているからいいんですが、卵は値段が倍近く変わってくるので買うのも必死です。

ちょうど、昨日から降り続いていた雨もやんだので、カメラを持ってぶらりと買い物に出かけました。 雨上がりの湿った空気は、いつもより透明感があります。 空気中の汚れを雨が洗い流してくれたんでしょうね。 水たまりに映る景色も、その透明感に一役買っているようです。

雲の切れ目から日差しが差し込んでくると、辺りの艶やかさがぐっと増してきます。 晴れて乾いた日には目に留まらないようなものが、実に生き生きと輝いて見えてきます。 長雨に打たれてげんなりしていた植物も、何となくほっと胸を撫で下ろしています。

その一方で、眩しいばかりの緑色を見せつける葉もあります。 日に日に強くなる日差しを受けて、雨水をたっぷりと吸い込んで、若さが全身にみなぎっています。 その先には、これまでの人生を全身に刻み込んだ、老い枯れた姿がありました。 そこには、老兵の凄みのようなものを感じます。

スーパーでは、卵をしっかり2パック買いました。 ピーナツチョコも買ったので、今日は新レシピでチョコレートケーキを作ってみようかな。 あっ、牛乳買うのを忘れちゃったよ。 近くのスーパーで買ってこようっと。

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路上の生命線

どんなに頑張っても、人生まっすぐなままでいるのは、ちょっと難しい。

誰でも知っている手相の線といえば、親指の付け根を走る生命線。 線が長ければ長生きするし、途中で分かれていれば人生の分岐点、かすれていれば病気にかかるという。 生命線は親指に沿ってゆったりとした弧を描きながら、手首へと消えていく。

路上の生命線は、迫りくる影に怯えながらも、けなげにまっすぐに伸びていく。 でも、玄関先のコンクリートに阻まれて、しかたなくわずかに左にずれる。 無事に障害を乗り越えると、今度は何を思ったのか、大きく右に進路を変えてしまう。 そこで線はぷっつりと切れてしまい、その先のことはわからない。

道路の向こう側には、右へと誘う看板の矢印が見える。 コンクリートの障害が彼を狂わせたのか、それとも、看板の矢印が彼を導いたのか、それは誰にもわからない。 もしかしたら、交差する木の影のささやきを聞いたのかもしれない。 はっきりしているのは、彼のたどった道筋だけだ。

木の影は、矢印の看板から伸びており、始めから彼を誘惑するつもりだったのかもしれない。 実は彼は左側の空白を恐れて、賑やかな影の元へと行きたかったのかもしれない。 道の反対側からやってきた白線と出会って、横断歩道というたくさんの子供を作ったようにも見える。

看板の矢印の先に何があるのか、ここからはわからない。 ただ、彼の幸せを願うばかりである。

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ホットサンドメーカーの有効活用

一時期流行ったホットサンドメーカー、ホコリをかぶっていませんか?

何を隠そう、うちのホットサンドメーカーも、ホコリとミーちゃんの毛にまみれて、ずいぶん長い間放置していました。 何年か前に、後輩の結婚式の引き出物の、いわゆるカタログギフトという奴で手に入れたわけですが、多分にもれず使ったのはほんの数回で、いつ終わるともしれない冬眠期間に入ったのでした。

5合炊きの炊飯器が手に入ったこともあって、台所周りを掃除していると、まるで古代遺跡を発掘するかのように、ホットサンドメーカーが出てきました。 その黒くすすけた白いボディを眺めながら、かつて華やかなりし頃の情景を回想します。 乗り気のしない彼女を横目で眺めつつ、一人うきうきしながら食材を買い込む私。 予想以上に美味しかったホットサンド。そして予期せず手間取った後始末。 そう、油にまみれた鉄板を丸洗いできないんです。

だから、当時の油汚れも化石のようにこびりつき、再起不能かと思われました。 でも、そこはやっぱり男。何のためらいもなく分解して、じゃぶじゃぶと水洗いして、見事復活させました。 フフフ、どんなもんだい、と心持ち胸を張りつつ、さてこれで何をしようかとニヤニヤしながら考えます。 そしてひらめいたのが、焼きおにぎりでした。

ホットサンドメーカーというのは、材料を圧縮して熱を加える機械です。 ギュッと押し固めて、ジュッと火にかける、これはまさに焼きおにぎり製造機といってもおかしくありません。 早速、鉄板の表面に薄く味噌を塗り、ご飯をよそって、ギュッとフタを閉じて、5分ほど焼きます。 味噌の焼ける香ばしい匂い、立ちのぼる白煙、沸き上がる期待。 そして恐る恐るフタを開けると、ばっちり焼きおにぎりが出来ています。

今回は味噌を塗っただけでしたが、もちろん中に具を入れるのもいいでしょう。 味噌の代わりに醤油を塗るのも美味しそうです。 実は私、三角形のおにぎりを握ることが出来ないんですが、これなら簡単に三角おにぎりを作れます。 手も汚れなければ、油汚れもありません。 後の手入れは、濡れふきんでさっと拭き取るだけです。

さあ、皆さんも、焼きおにぎりでホットサンドメーカーを有効活用しましょう!

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5合炊き炊飯器の実力はいかに?

ついに、念願の5合炊き炊飯器を手に入れました。

3合炊きの火力は約300W、一方、5合炊きは約600W。 IH炊飯器は1,000Wオーバーですが、値段も10,000円オーバーで、もちろん予算オーバー。 それはともかく、この火力の違いが果たして結果にどう出るのか、早速、バニラ・パンケーキを作ってみました。

まず驚くのは、その内釜の大きさ。 3合飯なら一人で食べられますが、さすがに5合飯は食べられそうにありません。 そして気がついたのが、内ブタが取り外せないこと。 昔使っていたタイガーの5合炊きはちゃんと取り外せたのに。 しっかりしてくださいよ、象印さん。

ブツブツと文句を言いつつ、炊飯ボタンをピッと押します。 そして、炊きあがるとピーピーと知らせてくれます。 これまでの3合炊きは、全く音が鳴らなかったので、これは便利です。 フタを開けてみると、まだしっかりと固まっていませんでした。 火力が2倍だから炊き上がりも2倍、とはいきませんでしたね。残念。

気を取り直してもう一度炊飯ボタンを押すと、あれ、エラー? 説明書を読むと、温度センサーの温度が下がるまで冷ますように書いてあります。 さすがマイコン制御、でもうっとうしい。 幸い、5分もすれば温度が下がってくれたので、すかさず2度目の炊飯に入ります。

けたたましい電子音と共にフタを開けると、バニラの甘い香りが勢い良く顔に当たります。 内ブタの直径が大きいので、クッキンププレートのフタの上にひっくり返すと、予想に反して焦げ目は控えめです。 もしかして、失敗?と一瞬不安になりますが、切り分けてみると、中までちゃんと火が通っていました。 むしろ、3合炊きよりも仕上がりは良いようです。

食べてみると、3合炊きよりもずっとふっくらとしていることがはっきりわかります。 焦げ目が控えめなので、これなら冷めても美味しく食べられそうです。 分量は一緒なので平べったくなっていますが、これも食べやすくていいですね。 ふちの穏やかな丸みも良い感じです。

これからは、3合炊きと5合炊きの2台体制となるので、炊飯器料理・おかず編を強力に押し進めていきたいと思います。

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飼い猫ミーちゃんの日常

今日も引き続き、ミーちゃん写真です。

猫写真を撮る人はたくさんいますが、そのほとんどは通りすがりの野良猫写真です。 野良猫写真は野良の風貌が面白いのですが、飼い猫写真は単なる猫じゃなくて、毎日寝食を共にしているミーちゃんであることに意味があります。 俺は猫が好きなんじゃない、ミーちゃんが好きなんだ。 もうミーちゃんLOVEまっしぐらです。

うちの部屋は、南、東、西と3面が窓に囲まれているという特殊な構造なので、日中はとても良く日が当たります。 なので、ミーちゃんも日中は部屋のど真ん中でごろんと横になって、ペロペロと毛繕いをします。 それが終わると、ぼんやりとこっちを眺めたり、それともなく外の様子をうかがったりします。

どういうつもりか、たまに姿勢を正して、じっとしていることがあります。 それがこちらを向いている時は餌おくれのポーズなのですが、背中を向けている時というのは一体どういうつもりなんでしょうね。 太いうなじに、くびれた背中。 その後ろ姿には、そこはかとなく色気が漂います。

猫は寝る子と書いてネコと言われるくらい、良く寝ます。 そして、ミーちゃんも本当に良く寝ます。 パソコンデスクの横には、段ボールにクッションを敷いた、ミーちゃん専用ベッドがあります。 今はそのベッドで丸くなって寝ていますが、私がパソコンを使っている時は、だいたいプリンタの上で寝ています。 寒い夜は、もちろん布団の中にもぐり込んできます。

追いかけるとすぐに逃げ出すミーちゃんですが、やっぱりそばにいたいみたいです。

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タマなしミーちゃんの素顔

今日は、私の飼い猫、ミーちゃんの紹介です。

その生い立ちは、以前「ミーちゃんのお留守番」で紹介しましたが、うちには4歳半になるオス猫ミーちゃんがいます。 生後6ヶ月と割と早い時期に去勢手術をしたせいか、良くメス猫と間違われるミーちゃんですが、他のどの猫よりも可愛いと思っております。 親バカですね、まったく。

ミーちゃんの特徴は、何と言っても、憂いを含んだ大きな瞳です。 その表情は、ハリウッド女優か、いや、スーパーモデルにも匹敵します。 でも、猫はやっぱり猫で、その口元はまるでぬいぐるみのようです。 たまに素っ気ない顔で舌をぺろりとやったりして、これがまた憎たらしくて可愛いんですね。 写真だとちょっとキモチワルイですが。

普段は、エアコンの風が当たるプリンターの上で寝そべっているか、寝床の段ボールで丸くなっています。 たまに、コードを縛る針金や、カセットボンベのキャップなんかを追っかけ回します。 爪を研ぐ時は冷風器についたプラスチックのギザギザを使いますが、ほとんど効果がないので、たまに爪切りで切ってもらっています。

写真を撮られるのはあまり好きではなくて、あまりしつこく撮っていると、目をつぶったり、何だこの野郎と顔を近づけたりして、本棚の上に逃げてしまいます。 それと、車の音が大の苦手で、うちの前をトラックが通り過ぎたりすると、怯えた目で窓を見ながら、じっと聞き耳を立てます。

こんなミーちゃんですが、タマはなくても立派なオス猫ですから。 メス猫と間違えないでくださいね。

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写真と料理の意外な共通点

写真と料理の共通点って、どこだと思いますか?

以前、「人それぞれのたとえ話」で、 写真に対する考え方を料理にたとえたことがあります。 最近は、炊飯器料理に目覚めたこともあって、写真と料理の共通点を改めて感じています。 また、ある掲示板で「写真を撮影するのと鑑賞するのとどっちが好き?」という話題になった時も、やはり共通点を感じました。

写真を撮るには、カメラ、被写体、撮影技術の3つが必要です。 料理を作るには、調理器具、食材、レシピの3つが必要になります。 つまり、機材、素材、技術の3つがそろうことで結果が出るわけです。 この3つは、多かれ少なかれ誰にでも必要なことですが、その優先順位は、結果も含めて人によって違ってきます。

たとえば、私が写真を撮る時は、まず被写体があって、カメラ、撮影技術、写真、と続きます。 プロのカメラマンだと、まず写真があって、被写体、撮影技術、カメラとなるかもしれません。 心象風景を好む人は、写真、撮影技術、被写体、カメラになって、カメラマニアの人なら、カメラ、撮影技術、写真、被写体になるでしょう。

では、料理の場合はどうでしょうか。 私の炊飯器料理だと、調理器具、食材、レシピ、料理になります。 主婦の方だと、食材、レシピ、料理、調理器具になるでしょうし、プロの料理人なら、料理、レシピ、食材、調理器具ということになるでしょう。 グルメな人なら、料理、食材、レシピ、調理器具になりますね。

どうです、その目的によって、3要素+結果の組み合わせ方がずいぶん変わってくるでしょう。 面白いのは、同一人物であっても、写真と料理でその目的が変わってくることです。 私の場合、写真は徹底した被写体重視で、そのために手に馴染むカメラを求めて、その特性を活かした撮影技術を磨きます。 でも、料理となると、限られた調理器具、ありあわせの食材、出来るだけ手間をかけないレシピで、それなりの料理が作れたら満足してしまいます。

では、写真と比べて料理は楽しくないかというと、決してそういうわけではなくて、やっぱり料理も楽しいんです。 それでは、どこに楽しさを感じるのかというと、目的に沿った形でいかに工夫をするか、ということに尽きます。 そして、それらが生活の役に立つことが嬉しいのです。

写真は、たくさんの思い出の貴重な記録となります。 写真を眺めることで、遠い場所、遠い過去へと、いつでも足を運ぶことが出来ます。 料理は、毎日の生活に欠かせない貴重なエネルギー源です。 料理を作ることで、自分の体調管理をしっかりと行うことが出来ます。

そして、それらのことを自らの手で行うことで、自分の人生を実感するのです。

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晩ごはんは、炊飯器でふんわりハンバーグ

炊飯器料理も、とうとう晩ごはんに進出です。

前回の「パンケーキ富栄養化計画」で確固たる朝食の地位を築いた炊飯器パンケーキですが、まだまだ計画を先に進めなければなりません。 たまたま手元にある食材を調べてみると、冷凍した挽肉に、タマネギ、ニンジンが。 これはもう、ハンバーグを作れと言っているようなものです。

でも、ハンバーグには苦い思い出があります。 学生時代、近所のスーパーで買った、ただ焼くだけのお手軽ハンバーグ。 早速、フライパンで焼くと、表面はすぐに焦げるし、なかなか中まで火が通らないし、もたもたしているうちに形は崩れるしで、最後はただの肉そぼろ炒めになってしまったのでした。

フライパンでハンバーグを焼くのは、結構難しいんですよね。 最初は強火で表面に軽く焦げ目をつけたら、後はフタをして弱火でじっくり中まで火を通すわけですが、当時まだ若かった私は、ひたすら強火で炒めてしまったのでした。 ん、でも待てよ。 フライパンで焼くのは難しくても、炊飯器なら簡単にできるんじゃないか。 というわけで、早速、炊飯器でハンバーグ作りに挑戦してみました。

まず、ボールに小麦粉100gと卵3個、味塩こしょう5gを入れて、良くかき混ぜます。 普通なら小麦粉は使いませんが、炊飯器だと材料をこねたり空気を抜いたりということをしないので、つなぎとして使います。 次に、挽肉250g、刻んだタマネギ大1個、刻んだニンジン小2本を入れて、良く混ぜ合わせます。 後は、無塩バターを塗った炊飯器に流し込んで、炊飯を2回するだけです。

出来上がりは、写真の通りです。 型くずれもなく、綺麗な形に焼くことが出来ました。 火も中までしっかり通っています。 気になるお味の方はというと、まさにハンバーグです。 でも、普通のハンバーグと違って、小麦粉が入っているのと空気を抜いてないのとで、ふんわりとした口当たりでした。 私はそのまま食べましたが、ソースを工夫すれば、ずっとお洒落な料理になりそうです。

唯一の問題点は、同時にお米が炊けないということです。 でも、ハンバーグを炊いている間に、パスタをゆでたりポテトサラダを作る時間は十分にあります。 いつもと違ったハンバーグなので、いつもと違った組み合わせで、演出に凝ってみるのも良さそうです。

このハンバーグをどう活かすかは、あなたの工夫次第です。 皆さん、頑張ってくださいね。

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パンケーキ富栄養化計画

炊飯器パンケーキに、新たな仲間が加わりました。

それは、りんごパンケーキです。 「炊飯器パンケーキの最高傑作」で炊飯器パンケーキの作り方をマスターして、「レモンとバニラのパンケーキ」でバリエーションも増やしたわけですが、小麦粉と砂糖、牛乳に卵だけでは栄養が不足してしまいます。 これは、何かひとつ具になるものを入れなければ、ということで運良く冷蔵庫に入っていたのが、りんごだったんです。

作り方は基本的にこれまでと一緒で、ボールに小麦粉200g、黒砂糖50g、ベーキングパウダー5g、粗塩少々を入れて良く混ぜ合わせたら、卵3個と牛乳180ccをしっかりかき混ぜながら少しずつ入れていきます。 炊飯器の内釜に無塩バターを塗ったら、薄くスライスしたりんご1/4を底に敷いて、さらに細かく刻んだりんご1/4を生地に投入してから、2回炊飯します。

出来上がりは、写真の通りです。 せっかく下にりんごを敷き詰めたのに、炊飯しているうちに内側に入り込んでしまったようですが、りんごの甘く爽やかな匂いが立ち込めます。 さて、お味の方はというと、りんごの酸味が実に爽やかです。 あらかじめ、りんごを砂糖で煮詰める人もいるようですが、そのままでも十分に甘いです。 また、りんごの食感が良いアクセントになっていて、味わいに楽しさが加わります。

これなら、朝の慌ただしい時間でも、燃料となる炭水化物と潤滑油であるビタミン類を同時に採ることができます。 もちろん、子供のおやつにも喜ばれることは間違いありません。 そして、午後のティータイムにも、りんごのパンケーキが爽やかなひとときを演出してくれることでしょう。

ただ、りんごは美味しいのですが、栄養という観点からはまだまだ足りません。 サンドイッチやピザみたいに、ハムやタマネギ、チーズなんかを入れてみると良さそうですね。 朝だけでなく、お昼にも食べられるようなパンケーキを目指して頑張りたいと思います。

そうそう、りんご以外にも、リンゴやアップルでも大丈夫ですよ。 アップルパイじゃなくて、パンケーキですよ。 チーズケーキじゃないですからね。 ホットケーキミックスは使わずに、小麦粉から作りますよ。 炊飯器でお手軽にできる、簡単料理ですから。 最近、検索して来られる方が多いので、頻出ワードを並べてみました。ニヤリ。

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ああ、青春の佐多岬(後編)

懐かしき青春の思い出、佐多岬の旅の後編です。

行きの夜の闇とは対照的に、帰りは眩しいほどの日差しです。 雲ひとつなく晴れわたり、空は青く澄みわたり、海はどこまでも青く深く、とにかくもう最高の気分です。 ジリジリと肌を焼く日差し、ほてった身体を冷やす風、潮の香りと汗の匂い、わずかに湿っぽい空気と、ゆったりと流れる時間。 ペダルをこぐ足は、自然と軽くなります。

サイクリングは、快適な平坦路ばかりではありません。 時には、険しい山を越えなければならないこともあります。 延々と続く上り坂で、一向に近づかない頂上を目指すのは危険です。 右足、左足と、一歩ずつ確実にペダルを踏みしめながら、周りの景色を眺めつつ、次のカーブまでを目標にしていきます。 峠を越えれば、快適な下りが待っています。

佐多町から根占町に抜ければ、後はひたすら海岸線を走っていきます。 途中、丸い岩だらけの海岸で、ひと休みします。 Tシャツを脱いで、サンダルを脱いだら、海水で汗を流します。 足を海につけて疲れがとれたら、丸い岩の上に仰向けになります。 焼けた岩の熱を感じながら、視野いっぱいに広がる青空を眺めます。

根占港の近くで、昼食をとります。 川の堤防に腰かけて食べていると、鴨が三羽、物欲しそうに寄ってきます。 動いているのはこの鴨達くらいで、人気はほとんどありません。 のどかで景色の良い場所なんですが、少しずつ人恋しくなってきます。 逃げるように根占港を離れると、一目散に垂水港を目指します。

垂水港に近づくにつれて、町並みが賑やかになってきます。 ほっとした気分でフェリーに乗り込むと、遠ざかる大隅の山々を眺めながら、今回の旅を振り返ります。 ありがとう、佐多岬。ありがとう、大隅半島。 温泉で汗を流した後は、夢の中で再び大隅の地を旅するのでした。

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ああ、青春の佐多岬(前編)

私が、サイクリング野郎、通称チャリダーと呼ばれていた頃のお話です。

今から9年前のゴールデンウィーク。夜の11時、大隅半島へと渡る垂水フェリーの最終便に乗り込みます。 人気のない鴨池港を残して、フェリーは漆黒の闇の中を進んでいきます。 港の灯りは遠ざかり、波をかき分ける飛沫だけが白く浮かび上がります。 垂水港に着くと、いよいよサイクリングのスタートです。 電照菊のビニールハウスが幻想的に浮かび上がる中、ただひたすらにペダルをこいでいきます。

午前4時、佐多岬に到着します。 有料道路の入り口近くにある大学の宿泊所で、わずかばかりの仮眠をとります。 ここは以前、学生寮の人達とカヌーをしにきた時に一度泊まっていたので、勝手は良くわかっています。 空が白んできたので外に出ると、タヌキが目の前を横切り、草むらの中に消えていきました。

少し坂を上ったところで、日の出を待ちます。ゆっくりと顔を出す、赤い太陽。 この瞬間を見るために、苦労してここまで来たのです。 そう、これは俺の太陽、俺だけの太陽だ。 日の出を堪能した後は、少し先にある砂浜へと向かいます。 砂浜の端には、前に一度お世話になった民宿があります。

帰り道、初めて佐多岬に来た時に一泊したバス停で記念撮影。 その時もゴールデンウィークでしたが、凍えるほどに寒かったのを良く覚えています。 でも、生まれて初めて見た、満天の星空に流れる天の川は、最高の思い出になりました。 バス停のすぐ横には、とても小さな港になっています。

前編はここまでです。後編をお楽しみに!

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冷えた空気と朝のざわめき

久しぶりに、朝の散歩に行ってきました。

まだ日が昇る前に外に出ると、ひんやりとした重い朝の冷気が肩にのしかかります。 吐く息は白く、カメラを持った手がじんとしびれます。 それでも、久しぶりの外の空気はとても爽やかで気持ちが良いです。 辺りはまだしんとしていて、たまに通る車の音が響きます。

裏山を上へ上へと進むにつれて、少しずつ朝の空気がざわめきはじめます。 玄関のドアを開ける音。車のエンジンをかける音。 子供達の話し声。ごみ捨て場で交わされる朝の挨拶。 道路にはなぜかみかんが落ちていて、急な坂道を自転車が勢い良く下っていきます。

坂を上りきると、小学生が集団登校をしていて、公園のゾウがそれを優しく見守っています。 顔を出した太陽が、その鼻先をわずかに紅く染めています。 その横には、おおきなのっぽのテレビ塔がそびえ立ち、それに負けじと色づいた葉が懸命に日の光を身に受けています。

テレビ塔の先には、秘密の朝焼けスポットがあります。 そこからは、朝日を背に浴びた桜島と、それを取り巻くように朝の町並みが広がっていました。 その一角は金色に染まり、まるで天国のように光り輝いていました。 朝の光は、希望に満ちあふれています。

そして、希望の光は、私の中へとしみ込んでいきます。

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整理整頓と構造改革

これは、現在開発中のiKeyboard 2の最新スクリーンショットです。

この間のスクリーンショットと比べると、開発の進行状況が良くわかりますね。 そう、キーボード表示ができるようになったんです。 何だ、現行のiKeyboard 1と変わらないじゃないか。 スクリーンショットを見る限りでは確かにそうなんですが、中身は全くの別物で、すべて一から作り直されているんですよ。

iKeyboardは、REALbasicという開発言語で作られているんですが、これはオブジェクト指向という考え方を採用しています。 オブジェクト指向というのは、プログラムをクラスという単位で役割ごとにまとめていこうというものです。 今まで部屋の中が散らかり放題だったのが、本は本棚に、ペンは引き出しに、衣類はタンスにと整理整頓をするようになったわけです。

でも、この整理整頓というのが、なかなか難しいんですね。 本は本棚に入れるべきだけど、辞書は机の上に置いておきたいし、コートをいちいち洋服ダンスの中に入れるのは面倒臭いです。 オブジェクト指向も、部屋の片付けと一緒で、プロパティやメソッドをどのクラスに配置するかが難しいんです。

残念ながら、iKeyboard 1では、そういったところの作りが甘かったんですね。 プログラムの中で、「おい、このあいだのあれ、どうなった?」「あれは確か山田さんが担当でしたよね」「いや、あれは佐藤さんじゃなかったっけ」「え〜、それはないはずだけどなぁ」「どっちでもいいから、さっさと確認してこい」みたいなことが行われていたわけです。

iKeyboard 2では、その辺りの「責任の所在」がしっかりしてきたので、以前よりもずっと仕事がスムーズに進むようになりました。 「おい、このあいだのあれ、どうなった?」「ああ、あれならこうでしたよ」「そうか、できればここをこうしたいんだが」「そのことなら山田さんに聞いてみましょう」「はいはい、それなら大丈夫ですよ。でも、それにはこれをこうしないと」「それは佐藤さんの担当ですね」「よし、確認がとれたらその方向で頼む」ってなもんです。

「責任の所在」がはっきりしてくると、仕事が早くなるだけじゃなくて、想定外の事態にも対応しやすくなるんですね。 iKeyboardはまだまだ発展途上のシステムなので、今後も数々の修正が行われていくことになります。 そのためには、構造改革、つまり内部構造の最適化というのが必要不可欠になってくるわけです。

これからは、出題部分を作っていくことになります。 iKeyboardの核ともいえる部分なので、慎重に作っていきたいと思います。

iKeyboard Web Page
iKeyboardのダウンロード

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ケーキのイチゴはいつ食べる?

美味しそうなショートケーキに乗った、大好きなイチゴ。あなたなら、いつ食べますか?

せっかちなあなたは、誰よりも早くイチゴに手を伸ばします。 ケーキから食べ始める人達を尻目に、大きなイチゴを丸ごと口に入れると、口の中いっぱいに広がるひんやりジューシーなイチゴの味に満面の笑みを浮かべます。 残されたケーキは、あなたにとってはおまけでしかありません。 途中まで食べたところで食べ飽きてしまい、さっさと遊びに出かけてしまいます。

慎重派のあなたは、大好物は一番最後に残しておきます。 愛するイチゴよ待ってておくれと、一途にショートケーキを食べ続けます。 次第に、口の中にはケーキの甘さがまとわりつくようになりますが、めげずに食べ続けます。 何とかケーキを食べ終わり、念願のイチゴをまるで口づけをするかのように少しだけかじります。 でも、イチゴはなまぬるくて、ちょっぴり苦い味がしました。

上品なあなたは、ケーキを端の方から順番に食べていきます。 最初の一口は、生クリームの甘さを存分に楽しみます。 次の一口は、スポンジのしっとり感を存分に味わいます。 そして、ちょうど半分を食べ終わった頃に、ちょうどイチゴにたどり着きます。 イチゴの爽やかな酸味が口の中をリフレッシュしてくれます。 そうして、あなたは残りのケーキも美味しくいただきました。

先手必勝の人は、誰よりも早く目的を達成することが出来ますが、残念ながら後が続かずに、次のイチゴを探しにいってしまいます。 かといって、あまりに慎重になり過ぎると、今度は食べ頃を逃してしまい、本来の満足を得られずにもったいないことになってしまいます。 やはり、焦らずに、機が熟すのを待つのが一番です。

私の場合も、そろそろ機が熟してきたようです。 食べ頃を逃さないように、後は美味しいイチゴが乗っていることを願うばかりです。

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デジタル時代の理想のカメラ

たまには理想のデジタルカメラについて考えてみましょう。

先日のコニカミノルタのカメラ事業撤退によって、SONYがMINOLTAの一眼レフの開発を引き継いだわけですが、果たしてどんなカメラが登場するのか、銀塩保守派とデジタル革新派の間で熱い議論が巻き起こっています。 私は、自己紹介にも書いている通り、生粋の、それも最古参ともいえるデジタルカメラ人間です。 自分ならどんなカメラを作るか、という視点から、理想のデジタルカメラを考えてみました。

まず最初にやるべきことは、光学ファインダーを廃止して、高品質なEVFを搭載することです。 ファインダーの役割は、被写体を的確に捉えること、撮影結果を的確に把握できることです。 そのためには、豊富な情報を表示できるEVFが必要不可欠になります。 もちろん、高画素化とフレームレートの向上は必須条件となります。

EVFを搭載するということは、一眼レフの「レフ」を取り除くことでもあります。 すると、EVFだけでなく、液晶モニタでも撮影が出来るわけです。 当然、バリアングルにすれば、より自由な構図で撮影が出来るようになります。 パソコンと接続すれば、遠隔操作も可能になり、電動三脚と組み合わせれば、写真撮影の新しい可能性も広がってきます。

もちろん、動画撮影もサポートします。 ケータイカメラに代表されるように、もはやビデオカメラとスチルカメラの違いはなく、ひとつのカメラとなっています。 動画撮影機能によって、もはや連射という概念はなくなり、動画の中からベストショットを選ぶようになります。 レンズ交換式ビデオカメラとしても、新しい可能性が広がることでしょう。

RAWはAdobeのDNGで、JPEGの画像処理はプラグイン形式とします。 つまり、従来のフィルムの感覚で、画像処理プラグインを入れ替えることが出来るわけです。 フィルムメーカーは、従来のフィルムを再現したプラグインを販売することが出来るし、ユーザーは複数のプラグインを写真ごとに切り替えながら使うことが出来ます。 もちろん、プラグイン市場への新規参入や、ユーザー作成のプラグインも出てくることでしょう。

レンズのマウントも新規格にして、各マウントへの変換アダプターを用意します。 この新規格は、従来のあらゆるマウント規格の互換性を持たせるようにします。 つまり、マウントの仮想化を行うわけです。 これによって、メーカーを問わず、全ての交換レンズが使えるようになります。

デジタルカメラは、ただ単に記録方式をデジタルにすれば良いというものではありません。 カメラのあり方、撮影の方法などもひっくるめてデジタル化してこそ、真のデジタルカメラなのです。 そのためには、過去の常識にとらわれずに、現在の状況を的確に把握しつつ、将来の可能性を見極める必要があります。

こんなデジタルカメラが発売される日がくることを願っています。

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写真撮影の進化論

最初に自分のカメラを手にした時のことを思い出してみましょう。

私が最初のカメラであるDS-7を手に入れた時は、それはもう、猛烈に嬉しかったですね。 とにかく、目に入るものは何でも、手当り次第に撮りまくっていました。 カメラを向けてシャッターを押したその光景が、そのまま写真になる。 そのことが、ただ純粋に楽しかったのです。

でも、その感動は最初のうちだけで、すぐに飽きてしまいます。 写真が撮れるということは、もう十分にわかった。 ただ撮るだけでは何か物足りない。 そう、問題は何を撮るかということだ。 というわけで、自分の好きな物だけを選んで撮るようになります。

ところが、撮れた写真を見てみると、何かおかしいんですね。 好きなものを撮ったはずなのに、撮れた写真はあんまり好きになれないんです。 これはもう、大問題です。 好きなものが、自分の好きな通りに写らないなんて。 もっと上手に写真を撮りたい。次第にそう思うようになってきます。

すると、それまで気にもしていなかったカメラの仕組みや、撮影技術について興味が出てきます。 人に聞いたり自分で調べたりして知識をつけて、それを撮影に活かしていきます。 すると、どんどん撮影枚数は増えていき、納得のいく写真の数も増えていきます。

やがて、好きなものを好きなように撮れるようになると、好きなものをあらかた撮り尽くしてしまいます。 ここで、大きな岐路に立つことになります。 同じものを撮り続けながら、その完成度を高めていく道と、新しいテーマを見つけて、新たな可能性を探求していく道。 果たして、どちらの道を選べば良いのでしょうか。

これはもう、両方の道を突き進むべきだと思います。 これまで撮ってきたものを熟成させつつ、同時に新たな挑戦に取り組む。 そうやって縦と横を広げながら、大きな存在になっていくわけですね。 それでは、奥行きを広げるためにはどうすれば良いのでしょうか。

それは、写真の外の世界との関わりだと思います。 被写体に対する知識や愛情だったり、写真を一緒に撮ったり見てくれる人達との関わりだったり。 そういうものの存在が、写真を単なる視覚情報ではなく、より多くの情報を含む表現の手段にするものだと思うのです。

このように、自分の心の内側から生まれた写真への興味は、時とともに成長を重ね、やがて明確な意志を持って外の世界へと巣立っていきます。 故郷を離れた写真への興味は、思想として多くの人達の間を渡り歩いて、それらの人達の中に子孫を増やしていきます。 そして、それらの子孫が集まって、大きな流れとなるのです。

こうした思想のことを、生物学者のリチャード・ドーキンスは、文化的な遺伝子と呼び、ミームと名付けました。 その自己増殖していく様が、生物の遺伝子と良く似ているからです。 ただ、問題は、繁殖力の強いミームが優れた思想であるとは限らないということです。 ランキング上位のブログが必ずしも優れたブログとは限らないのと同じですね。

自分の中から、優れたミームを産み出すことが出来たらなぁ、と思うのです。

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個人的リアリズム写真

もし、土門拳が私の写真を見たら、どんな評価をするでしょうか。

私は、カメラの仕組みなどの基本的なことは図書館で調べましたが、どう撮るべきかといった写真論については、ほとんど知りません。 ただ、その唯一の例外が、土門拳でした。 自分の写真に自信がついてきた頃、プロのカメラマンがどんな写真を撮るのかが気になってきたので、図書館にある写真集をぱらぱらとめくっていると、他とは明らかに違う強烈な存在感の写真集がありました。 それが、土門拳の「昭和のこども」でした。

その頃、ネットで見かける写真には、演出が鼻につくものや、独りよがりなもの、ただ綺麗なだけのものが多くて、やっぱり写真は自分の撮った写真が一番だ、なんて思っていました。 でも、土門拳の写真は違いました。 臭い演出は全く感じられず、撮影者の姿も見えず、無言で訴えかけてくるものが、写真の枠を超えて私の中へとあふれんばかりに入り込んできました。

当時、私の中では写真に対する明確な立場がありました。 彼女が他県に就職が決まり、自分もいずれ後を追う可能性が出てきました。 それまでに、長年住み慣れたこの場所を、たくさんの思い出が詰まったこの土地を、私をここまで育ててくれたこの鹿児島を、出来る限りそのままの形で写真に残しておきたい。 そこで、お気に入りの場所を中心に、鹿児島各地の写真を積極的に撮影していたのです。

私のお気に入りの場所の、お気に入りのコースの、お気に入りの風景。何度となく繰り返し見た風景。 その思い出の風景をそのまま写真にするためには、いつも通りの視点と、見た目通りの露出が必要不可欠でした。 そこを歩く時は、その時々の関心事を抱えながら歩きます。 でも、その関心事によって周りの風景そのものが変わることはありません。 つまり、その時々の感情によって演出が加えられることのない、ありのままの風景を撮らなければならないのです。

もちろん、ただ無感情に機械的に撮れば良いというものでもありません。 ありのままの風景を撮るということは、その風景の特徴を的確に捉える必要があるのです。 その写真を見た時に、まるでその場所にいるような気分にならなければならないのです。 そして、かつてその場所で感じていた様々なことを思い出せるような写真でなければならないのです。

こうしたことは、期せずして土門拳の提唱する「カメラとモチーフの直結」「絶対非演出の絶対スナップ」と不思議なくらいに一致しました。 ただ、土門拳の場合は民族的な視点からの社会派リアリズムでしたが、私の場合は自分自身の人生から見た個人的リアリズムだといえるでしょう。

この個人的リアリズムの考えは、今も変わっていません。 そして、これからも変わることはないでしょう。

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ちょっぴり困った問題

これは、ちょうど2年前の今日に撮った写真です。

その日は、余った青春18切符を使って霧島に行ってきたのですが、出発が遅れたために時間が足りず、結局温泉も入らないまま、急いで駅へと引き返したのでした。 駅へと走る途中、あまりに夕焼けが綺麗だったので、時間を気にしながらも何度も立ち止まって撮った写真の中の一枚です。 電車にはギリギリ間に合いましたが、椅子に座った途端に汗が噴き出したのを良く覚えています。

さて、ここで質問です。 あなたは、ここまで読んで、少しでも「この写真を撮ったカメラのメーカーは何だろう」と思いましたか? では、もうひとつ質問。 この写真を撮ったカメラのメーカーは一体どこだと思いますか?

恐らく、ほとんどの人は、そんなことを気にもしないし、知りたくもないと思うはずです。 私としても、見せたいのは霧島で見た夕焼けの写真であって、これがCanon PowerShot A60で撮った写真だということを知らせたいわけではありません。 でも、アマチュアカメラマンにとって、カメラのメーカーというのは、とても大きな意味を持ちます。

私は、前の記事に書いた通り、MINOLTAというメーカーには特別な思い入れがあります。 でも、MINOLTAのカメラしか使いたくないかというと、そうでもないんですね。 やっぱりMINOLTAのカメラが一番しっくりくるんですが、他のメーカーのがそんなに悪いわけでもないんです。 じゃあ、どれでもいいじゃないか、ということになるわけですが、やっぱりそれじゃあ嫌なんです。

カメラ選びというのは、恋人との出会いみたいなもので、そのメーカー、その機種との縁で決まるんでしょうね。 ふとしたきっかけで知り合って、その魅力に惚れて、手を取り合って、お互いの存在を確かめ合いながら、少しずつ性格を合わせていくわけです。 ただ、めでたく結婚して永遠の愛を誓ったとしても、もし不幸にも相手に先立たれてしまったら、それから先は一体どうすれば良いのでしょうか。

宗教論争になりがちなカメラ選びですが、私にとっては恋愛問題なんです。

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MINOLTAの思い出

コニカミノルタが、カメラ事業を終了するそうです。

以前から噂されていたことですが、残念を通り越して、もう泣きそうです。 デジタル一眼レフに関しては、資産をソニーに引き継ぐそうですが、そんなことは私はどうでも良いことです。 私には、MINOLTAであることが、何よりも大切なことなのです。 その想いは、小学生の高学年の頃にさかのぼります。

1985年に、MINOLTA α-7000が発売されました。 初めて目にしたのは、父親の買った雑誌の特集記事でした。 たくさんのボタンがついたそのカメラは、私には未来のカメラに見えました。 当時は、自動車などいたるところで「世界初」が目白押しで、何か新製品が出るたびにワクワクしていたものです。 新しいモノ好きでメカ好きの私は、大喜びでα-7000に飛びついたのでした。

でも、悲しいかな、小学生のお小遣いではとても買えるような代物ではありませんでした。 親はカメラに全く興味はなく、とても買ってもらえそうにありません。 では、どうしたかというと、カメラ屋さんに行ってカタログをごっそりともらってきたのです。 MINOLTAだけでなく、その店にある全てのカタログをカバンに詰め込んで、ドキドキしながら読みふけりました。 当時のカタログは実に豪華な作りで、一冊一冊がとても読み応えのあるものでした。 おかげで、カメラの仕組みや撮影技術を学んだり、写真の素晴らしさを知ることができました。

でも、カタログだけではどうしてもわからないことが出てきます。 実機が手に入る当てもないので、知ったところでどうにもならないわけですが、もうどうにも知りたくて仕方がないんです。 それでどうしたかというと、MINOLTAに質問状を送ったのです。 「P A S M の切り替えはどうすればいいのですか?」といった質問を30くらい書いたと思います。

やがて、MINOLTAから妙に大きな封筒が送られてきました。 今なら説明書読めで片付けられそうな質問ばかりでしたが、小学生のたどたどしい文章で書かれた質問状に、MINOLTAの人はひとつひとつとても丁寧に答えてくれました。 最後には、「α-7000で、写真を撮って撮って撮りまくってください」と書かれていました。 そして、「α Innovation」というα-7000で撮られた写真集をプレゼントしてくれたのです。

結局、α-7000を手にすることはありませんでしたが、2年前にようやく中古のDiMAGE 5を手に入れました。 ついに手に入れたMINOLTAのカメラで、私は写真を撮って撮って撮りまくりました。 そして、去年に新品のDiMAGE A1を買った時には、やっとあのMINOLTAの人に恩返しができたと思いました。

今一度、MINOLTAに感謝の気持ちを送りたいと思います。 本当に、どうもありがとうございました。

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ほら、遠くに海が見えるよ

海は、小さい頃からずっと憧れでした。

東京で生まれて、埼玉、名古屋、京都、鹿児島と移り住んできましたが、海が近くにあるのは鹿児島が初めてです。 なので、海というのは、夏休みに電車に乗って遠くまで行って見るものだと、ずっと思っていました。 それが、鹿児島に来てみると、自転車で30分足らずで海に行けてしまうんです。

でも、意外なことに、鹿児島で間近に海を見ても、それほど感動はしませんでした。 何しろ、錦江湾のど真ん中には大きな桜島がど〜んとそびえ立っているので、どうしても海は脇役になってしまうんですね。 それに、錦江湾だと対岸が見えてしまうので、海というよりは大きな湖のような感じでした。

京都に住んでいた頃、小学校の友達の家に行く時には、広い駐車場の横を通っていました。 雲ひとつなく綺麗に晴れわたった青空の日には、なぜか駐車場の向こうに海があるような気がしたものです。 ドキドキしながら駐車場の向こう側に行ってみると、そこには海の代わりに田んぼが広がっていました。 蒸し暑い京都の夏の、懐かしい思い出です。

大学2年生になってサイクリングに凝り出すと、自転車で鹿児島中を走り回りました。 吹上浜から眺める海はどこまでも続いていて、坊津から見る海は眩し過ぎる日差しを受けてきらめき、長崎鼻では三面を海に囲まれて孤独すら感じるほどでした。 肌寒い朝の空気の中で見た佐多岬の日の出は、その空気と共に決して忘れることはないでしょう。

サイクリングのおかげで、実にたくさんの素晴らしい海の思い出を手にすることができたわけですが、ふと京都の海の気配を懐かしく思い出すことがあります。 存在することのない、海の気配。可能性のない、海への期待。 この先に海があったら、どんなに素晴らしいだろう。 そんな甘酸っぱい願望が、ずっと心の中でくすぶっているのです。

でも、今の私は、その願いを叶えてくれる場所を知っています。 それは、裏山から見た、ずっと遠くに見える錦江湾です。 もっと見晴らしの良いところはたくさんありますが、それじゃ駄目なんですね。 遠く離れたところにちょっとしか見えないけど、はっきりと感じる海の気配。 この先にはずっと海が広がっているんだという期待感。 そういう海の存在が、私の胸を熱くさせます。

あなたは海を、感じていますか。

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シックなひとときをあなたに

さあ、これからは大人の時間です。

歳を重ねるにつれて、人は次第に刺激に慣れていきます。 すると、あなたはある決断を迫られます。 より大きな刺激を求めるか、それとも、刺激の微妙な変化を楽しむか。 ある人は前者を選び、永遠の若者として、燃えるような情熱に身を焦がします。 またある人は後者を選び、違いのわかる大人として、静かで上質な世界に身を委ねます。

写真も同じで、より鮮やかに、よりメリハリの効いた写真を求める人もいれば、微妙な色のグラデーションにうっとりするような美しさを感じる人もいます。 残念なことに、鮮やかさを求める人は多くても、微妙なグラデーションを求める人は少ないように思います。

白黒写真を好む人もいますが、それだと色が完全に消えてしまいます。 ただ彩度を落としただけでは、いまいち芸がありません。 PhotoMasterのオリジナルフィルターである「シック」を使うと、彩度の高い部分だけを残して、すっと彩度を落としてくれます。

この「シック」フィルターとプアマンズ・ストロボを組み合わせると、実に幻想的で美しい世界が広がります。 大人だけが味わうことのできるこの上質な世界を、ぜひあなたも体験してください。 この写真の良さがわかるようになれば、あなたはもう大人の仲間入りです。

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美しき灰色の世界

マクロ写真は、花と虫だけのものではありません。

マクロ写真の面白さというのは、小さなものを大きく、つまりマクロに写すというところにあります。 肉眼ではじっくりと観察できないようなものでも、マクロ写真を通してじっくりと鑑賞することができます。 つまり、マクロ写真によって、新たな眼を手にすることができるのです。

これは、新たな世界を手に入れたということでもあります。 花や虫の世界もその中のひとつですが、他にも石の世界があります。 道端に転がっている小さな石ころが、マクロ写真になることで断崖絶壁の巨岩に変身します。 こんな小さな世界に、こんな大冒険の舞台が隠されていたなんて、本当に驚きです。

石だけでなく、いろんなものの表面が、実に表情豊かなことにも驚かされます。 いつもなら、そこに色がついていることや、そこに落ちていることすら気づかないものでも、マクロ写真になることで、目を釘付けにするほどの存在感となります。 ずっと大きいはずの自分が、どれだけ小さな存在かを思い知らされます。

マクロ写真は、無機質で素っ気ない人工物にも、等しく存在感を与えます。 明確な目的を持って生まれてきたはずなのに、その目的もここまでは浸透していないようです。 そんな目的などまるで存在しないかのように、自分のあるがままに、時の流れるままに、そこに存在しています。

これらの写真は、2004年11月に、DiMAGE 7UG、プアマンズ・ストロボ、クローズアップレンズ No.4で撮影したものです。

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漆黒の中の緑の世界

写真は、時には肉眼で見ることのできない、美しい世界を見せてくれます。

私がいつも掲示板でお世話になっているなぽちゃんの考案されたプアマンズ・ストロボを使うと、見慣れた光景が全くの別世界へと変わります。 プアマンズ・ストロボとは、接写用のツインストロボやリングストロボの代わりに、内蔵ストロボとちょっとした工作で、綺麗なマクロ写真を撮ろうというものです。

内蔵ストロボを普通に使うと、ストロボの強い光によって、表面にはテカリができて、後ろにはくっきりとした影がついてしまいます。 そこで、ストロボの発光位置を変えたり、分散させることによって、テカリを押さえ、影をつきにくくするわけです。 私が作ったのは、いわゆる「てっぺん降り注ぎタイプ」で、被写体の真上からストロボの光が降り注ぐタイプです。

その豊富な光量のおかげで、高速シャッターと絞り込みができるので、ブレがなくピントの範囲の広い、くっきりとシャープな画像が得られます。 また、ストロボ光の当たらない部分は漆黒の闇に包まれるので、余計な背景をなくして被写体を浮かび上がらせることができます。

さらに、色温度が6,500Kという安定したストロボ光のみの単一光源となるので、被写体の色が忠実に再現されます。 工作の工夫次第で、光源の数や角度も自由自在に変えられるので、アイデア次第で多彩な写真をとることが出来ます。 しかも、工作費は非常に安く済むので、いろんなバリエーションを用意することも可能です。

ここに載せた写真は、2004年11月にDiMAGE 7UGで撮影したものです。 コンパクトカメラでも使うことができるので、あなたもぜひ、プアマンズ・ストロボの世界を体験してみてください。

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レモンとバニラのパンケーキ

さっぱりレモンと爽やかバニラ、あなたならどっちにしますか?

炊飯器パンケーキが思いのほか美味しかったので、最近毎日のように作って食べています。 夕飯の後片付けのついでに作って、夜食と朝食にいただくというのが定番パターンになっています。 だって、本当に美味しいんですから。 歯ごたえのある甘さ控えめのカステラみたいな感じです。

チーズケーキやチョコレートケーキは脂肪分が多いので、毎日食べるのには向いていませんし、生クリームを使うので痛みやすいという欠点があります。 その点、パンケーキは小麦粉と牛乳がほとんどなので、毎日食べても太る心配がありませんし、ちょっとくらいなら日持ちします。 味に癖がないので食べ飽きることもありません。

これまでは、チーズケーキを作る時に買ったレモン汁を入れていました。 レモン汁を入れるとさっぱりとした味わいになるので、ついついもうひとつと手が伸びてしまいます。 こうした香り付けというのは、味が大きく変わるわけではありませんが、味わいに深みが出てきます。

そういうわけで、香り付けの新アイテムを入手しました。 そう、バニラエッセンスです。 その爽やかな甘い香りは強烈で、炊飯中はその香りに悩殺され、悶絶します。 ANNA SUIのSUI DREAMSという香水が良く似た香りでしたが、そのまま香水としても十分使えそうです。 多分、イチコロですよ、私。

さて、出来上がったバニラ・パンケーキのお味はというと、とにかくもう爽やか〜です。 レモン・パンケーキもさっぱりして美味しかったのですが、バニラ・パンケーキはもう幸せいっぱいです。 自分でも意外なほど、バニラ大好きバニラニアンなんです。 さあ、あなたも炊飯器でバニラ・パンケーキを作って、バニラニアンの仲間入りをしましょう!

そうそう、今回のパンケーキは、小麦粉200g、黒砂糖50g、粗塩少々、ベーキングパウダー5g、卵3個、牛乳180ccで、バニラエッセンスは10振り入れました。 炊飯は2回です。 バニラの甘く爽やかな香りに包まれて、バニラ・パンケーキで至福のひとときをお過ごしください。

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写真との付き合い方

RAWで撮るようになってから、撮影のスタイルが変わったような気がします。

以前なら、はっと思った瞬間にぱっと撮っていたのが、はっと思ってうんとうなずいてから撮るようになったのです。 間にうんが入っただけなんですが、それだけでずいぶん感じが変わってきます。 大盛りチャーハンをがっついていたのが、ご飯とおかずと味噌汁を三角食べするようになったような、そんな感じです。

撮影枚数も以前の半分以下に減りました。 メモリーカードにはまだ余裕があるので、RAWの現像に時間がかかるのが制限要因として働いているようです。 それでもフィルムの現像と比べたらたいした待ち時間ではありませんが、JPEGと比べると大違いです。

JPEGと違って、現像時に設定の変更ができるというのは大きいですね。 DiMAGE Viewerの場合、現像時に変更した値を記録してくれないので、できれば撮影時設定のままで現像したいのですが、やっぱり設定を変更できるのは嬉しいものです。 彩度やコントラストなどのパラメータを同一条件で比較できる点も見逃せません。

撮影枚数が制限されることと、後で設定を変更できるということ。 このふたつの要因によって、撮る前にうんと一呼吸が入るようになったわけです。 この一呼吸から生まれるのは、落ち着きと安心感です。 構図の取り方がていねいになって、ピリピリとした緊張感が和らいだような気がします。

実際には、そんなに大げさにうんとうなずいているわけではなくて、写真の変化も本人にしかわからないような微妙な違いでしかないかもしれません。 でも、RAWのおかげで撮影という行為から少し開放されたような気がしています。 写真が趣味でカメラを持ち歩いていても、写真を撮らなければならないわけではないのですから。

写真を撮るために被写体を探すのではなくて、写真を撮りたくなるようなものを見つけたい。 それが写真との健全な付き合い方だと思うのです。

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生命を吹き込み、魂を込める仕事

これは、iKeyboard 2の現時点でのウインドウ・デザインです。

まだ、パーツを並べただけのハリボテ状態ですが、ここまでくれば作業の7割は終わったようなものです。 ソフト開発というと、命令を書き込んでいくコーディングという作業が注目されがちですが、コーディングは決められた仕様通りにソフトを動作させる作業であり、実際にはその仕様を決めることのほうが、ずっと大変な作業なのです。

誰のためのソフトなのか、何を実現したいのか、どういうことを提供できるのか。 こうしたことは、すべて自分の責任で決定していかなければなりません。 無限の自由の中から、わずかな手がかりを頼りに、その曖昧な姿を少しずつ明確にしていくのです。

マンションの強度計算のように、この最初の仕様書の設計が甘いと、後の作業をどれだけ丁寧に行ったとしても、満足のいくソフトを作ることはできません。 つまり、仕様書作りでソフトの価値が決まるわけです。 ただし、どんな立派な仕様書を作ったところで、それが実現不可能なものであれば、時間がかかるばかりでソフトを完成させることはできません。 仕様書作りには、冷徹なまでの現実的な視点が必要になるのです。

仕様書が完成すれば、後はその指示に従って作業をしていくだけです。 もちろん、そのためには技術的な困難を乗り越えていかなければならないわけですが、目指すべき完成図が明確にされていれば、その解決策もそれだけ立てやすくなります。 明確な目的地と正確な地図があれば、最短コースを見つけることもできますし、たとえ途中の道が事故で通行止めになったとしても、素早く迂回路を見つけられます。

心理学者のチクセントミハイは、その著書の中で「フロー体験」について述べています。 人を夢中にさせ、喜びを感じさせるには、内的な動機に基づく明確な目標と、挑戦しがいのある適度な課題と、達成感のある適切なフィードバックが必要であると。 コーディング作業は、プログラマーにとってはまさにフロー体験に相応しい、やりがいのある作業ですが、その喜びを得るためには、それ相応の準備が必要だということですね。

ソフト制作というのは、ひとつの問いを立て、その問いに対する自分なりの答を見いだすことでもあります。 そう考えると、実に哲学的な作業であると言えます。 恐らく、その問いの正解を得ることは永遠にできないでしょう。 しかし、答を探し続けることで、その正解に少しずつ近づくことはできます。

私の作るソフトは、私の分身です。 私のソフトは、私に代わりあなたのパソコンを使って、あなたのお手伝いをします。 ソフトを作ることは、無機質なパソコンに生命を吹き込むことなのです。 ソフトに魂を込めることができるよう、日々努力していきたいと思います。

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iKeyboard 2への展望

iKeyboardの最新情報をお知らせします。

iKeyboardは、入力方式に合わせて、iKeyboard、iKeyboard Roman、iKeyboard Kanaの3種類を用意する予定でしたが、これらをひとまとめにしてiKeyboard 2として開発することになりました。 入力方式に合わせて練習方式が変化するため、分割したほうがわかりやすいし作りやすい、ということで分割することにしたわけですが、状況が少し変わってきました。

英数・記号やかな入力は、基本的に文字とキーが一対一で対応しているので、練習方法もほぼ同じになるわけですが、ローマ字入力はローマ字からかなへの変換が行われるので、練習方法もそれに合わせて変えていく必要があります。 当初は対話式のローマ字表を用意することで、ローマ字の法則を能動的に発見していけるように考えていたのですが、タイピング練習という観点からは好ましくないという結論に達しました。

今後は、インターフェイスを共用化しつつ、記憶の結びつきに合わせた形で練習できるようにしていくつもりです。 また、これによって、内部構造もすっきりしてくるので、技術的な問題も解決することができます。 さらに、ソフトを分割するよりも統合したほうが、ライセンスの管理も楽になります。

すでに基本となる学習理論は出来上がっているので、iKeyboard 2では、より親しみやすく、楽しみながら練習できるように工夫していきたいと思っています。

iKeyboard Web Page
iKeyboardのダウンロード

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3年前にタイムスリップ!

最近、写真が好評なので、3年前の今日の写真を引っ張り出してみました。

この時は、FUJIFILM FinePix A201というデジカメを使っていました。 今となってはケータイカメラ並みの性能しかありませんが、FUJIFILMならではの健康的な発色はとても魅力的でしたね。 単焦点のパンフォーカス、一応露出補正はできましたが、当時はまだ露出補正を良く理解していなかったので、フルオートで撮っていました。

この日はとても良い天気で、裏山の夕焼けスポットまで散歩に行ったのでした。 この裏山は、なかなか急な坂道なんですが、その斜面を利用して見晴らしの良い高級住宅地ができました。 高級なだけにお洒落な家が多いのですが、買い手がつかずにコンクリート打ちっぱなしのガレージが並んでいたり。 今では立派な家がずらりと並んでいます。

高級住宅地を抜けると、まるで迷路のように複雑に道の入り組んだ町が広がっています。 その複雑さは地元の人でさえ道に迷うほどで、カメラを持って探検するにはとても面白い場所でもあります。 その迷路の町を慣れた足取りで横断すると、見晴らしの良い夕焼けスポットに到着します。

この辺りは、小さい頃に住んでいた名古屋の町並みと似ているところがあって、不思議な懐かしさを感じます。 昭和の匂いを感じさせる建物や、赤茶けてサビ臭いモノが、あちこちに残っています。 そういうものを眺めながら歩いていると、そこに懐かしい存在の影を見るのです。

3年前にタイムスリップしたつもりが、いつの間にか25年前に戻ってしまいました。

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iPhoto 6とPhotoMaster

Intel Macとともに、iPhoto 6が発表されました。

iPhoto 6の主な特徴として、「25万枚以上の写真をサポート」「フルスクリーン表示で写真を編集」「ワンクリックでエフェクトの追加」というのがありますが、PhotoMasterではとっくに実現しているものばかりです。

PhotoMasterでは、25万枚を同時に表示することは出来ませんが、日付ごとに管理しているので、ハードディスクの容量が許す限りの写真を登録することが出来ます。 レタッチこそ出来ませんが、フルスクリーン表示で一覧リストを表示したり、写真の整理や撮影情報の確認など、ほぼ全ての機能を使うことが出来ます。 ポップアップメニューを選ぶだけで、アスペクト比やフィルター効果を適用することも出来ます。

iPhotoは写真を気軽に楽しむライトユーザー向けであり、PhotoMasterはより美しい写真を目指すヘビーユーザー向けです。 こういうソフトの性格の違いはありますが、基本的なビューアーとしての部分でiPhotoが追従してきているということは、PhotoMasterの方向性が間違っていなかったことの証明であり、大変嬉しく思います。

ただ、そうなってくると、今後はiPhotoとの差別化がより重要になってきます。 何しろ、相手は純正ソフトであり、Macを買えば無料でついてくるソフトです。 幸いなことに、iPhotoは撮った写真をどう使うかということに重点を置いています。 それに対して、PhotoMasterは思い通りの写真を撮るために撮影の腕を磨くことを重視しています。

残念ながら、フルオートで撮る人のほとんどは、iPhotoで満足することでしょう。 でも、写真撮影の面白さに気づいて、ハイエンドコンパクトやデジタル一眼レフに買い替えた人は、iPhotoに不満を感じてくるはずです。 なぜなら、iPhotoには撮影の上達を支援する機能が弱いからです。

上にはPhotoShopという大物ソフトがありますが、これも少し性格が異なります。 というのも、PhotoShopは写真加工のほうに重点が移るからです。 PhotoMasterはあくまで写真管理ソフトなので、レタッチなどの機能はついていませんが、PhotoShopなどの外部ソフトを起動させて連携をとることが出来ます。

iPhoto 6は、アップグレードライセンスが用意されていないので、他のソフトと抱き合わせで8,800円です。 一方、PhotoMasterはたったの2,000円です。 それに、iPhotoはMacだけですが、PhotoMasterはMac OS 9/Mac OS X/Windowsのクロスプラットフォーム対応です。

あなたなら、どちらを選びますか?

PhotoMaster Web Page
PhotoMasterのダウンロード

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夕焼けを求めて海へ

夕焼け写真を見てみたいというリクエストがあったので、早速撮りに行ってきました。

実は、今年初の野外撮影です。 一体、今まで何をしていたんでしょうね。 はい、炊飯器でケーキ作ってました。 いや、どうもすみません。 誰ともなくあやまりながら、買い物ついでに自転車を走らせます。 私の夕焼けスポットには海と山のふたつがあるんですが、今日はお店に近い海のほうにしました。

私のお気に入りの場所である鴨池港に自転車をとめて、鴨池緑地をぶらりと歩いていきます。 まだ少し日が高いですが、歩いていくうちに次第に色づいていくでしょう。 緑地公園のグラウンドを通り抜け、川を越えると、ちょっとした工場地帯になっていて、そこを抜けると小さな港に着きます。

港の端まで行くと、夕日の反対側に桜島が見えました。 そして、よく見ると海面に太陽の光が反射しています。 あれ、太陽は後ろだよ。 さざ波によって、わずかな光が太陽のほうに跳ね返ってきているんですね。 こういう太陽の反射は初めて見ました。 そうしているうちに、夕焼けが良い具合に色づいてきました。

あれよあれよという間に日没です。 地球の自転の速さを実感する瞬間ですね。 港の反対側で、船を誘導する拡声器の声が聞こえます。 皆さん、今日も一日ご苦労様でした。 私の一日はこれから始まるんですけどね。 夕焼けも綺麗だったんですが、夕焼けを映す海面の美しさがとても印象的でした。

夕焼けのオレンジ色には、何か人を突き動かす力があります。 物事の終わりを暗示しているようでありながら、新しいことへの意欲をかき立てるような情熱を感じます。 太陽は、刻々と位置を変え、色を変えながら、周りの風景をドラマチックに変化させていきます。

そういう太陽が、私は好きです。

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