Pricelessな写真展

先日、ここの記事からトラックバックをいただきました。

なになに、黎明館で合同写真展が開かれてるんだって。へぇ〜、それは知らなかったなぁ。面白そうだし、行ってみようかな。 あれ、この記事、うちにリンク貼ってないよ。しかも写真展もう終わってるし・・・。

トラックバックというのは、自分の記事で相手の記事にリンクを張ったことを伝えるためのものであって、自分の記事を相手に知らせるためのものではありません。 私も最初はトラックバックの使い方が良くわからなかったんですが、これを機会に正しい使い方を覚えていただけたらと思います。

それはともかく、一度行く気になった心を鎮めるのは難しいものです。 そこで、鹿児島で開かれている写真展を探してみると、鹿児島市美術館で「第35回 南日本写真展」を開催していました。 というわけで、早速、鹿児島市美術館に行ってきました。

まさか入場料を取るとは思わなかったので面食らいましたが、400円を払って中に入ると、そこにはたくさんの写真が所狭しと並んでいました。 これは気合いを入れないといけないな〜、と思いながら順番に眺めていったわけですが、またしても、あの違和感が頭をもたげてきました。

どの写真も、とてもうまく撮れています。 他の来場者の方々は、あれこれワイワイ話しながら、楽しそうに眺めています。 私一人が、何やら難しそうな顔をして写真を睨みつけています。 そうしているうちに、たくさんの違和感の中に、ぽつりぽつりと安心する写真があることに気がつきました。

この違いは一体なんだろう? それらの写真を見比べていて、あっと気がつきました。 そうか、そういうことだったのか。 考えてみれば、実に単純なことでした。 写真の、そしてカメラの宿命とも言えるその事実に、どうして今まで気がつかなかったんだろう。

それは、「視点」でした。 カメラそれ自体の「視点」と、なぜそこにカメラを向けたのかという、撮影者の「視点」。 そのふたつの視点が合わさって、ひとつの写真となっているのです。 それなのに、それらの視点が不自然なために、妙な違和感を感じていたわけです。

前回の祭りの写真について考えてみましょう。 撮影者は、祭りを見ながら、これはと思うものにカメラを向けます。 カメラは、撮影者と同じ視点を写真に記録します。 そして、シャッターを押した瞬間、撮影者と鑑賞者は、同じ視点を共有するわけです。

つまり、写真を撮るということは、鑑賞者に自分の視点を提供するということなんですね。 それと比べたら、フレーミングだとか露出といったことは、実に些細なことだったんです。 でも、撮影者が自分の視点が曖昧なままに写真を撮っていたとしたら、どうなるでしょうか。

祭りです。神輿担いでます。顔が真剣です。 確かに、写真いっぱいの表情は真剣そのものです。 でも、神輿は、祭りはどこにいってしまったの? 鑑賞者は戸惑います。 せっかくのお祭り、せっかくの神輿だというのに、どうして顔だけしか見せてくれないのよ! もっと私にも祭りを楽しませてよ!

残念ながら、夏休みの宿題のような、何とか課題をこなしました、みたいな写真が多かったように思います。 自分も写真を撮るせいか、何となく、そういう撮影者の事情みたいなのが感じられて、どうも不自然だったんですね。

なぜ、その場所にいたのか。どうしてそれにカメラを向けたのか。シャッターを押すことで、何を伝えたかったのか。 それらを明確にすることが、何よりも大切なことだったんですね。 これは、まさに目から鱗の大発見です。 400円の価値は十分過ぎるほどあったな〜、と嬉しく思いました。

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