アカデミックな恋愛論

生物学者リチャード・ドーキンスは、生物は遺伝子の乗物であると言っています。

人が異性を好きになり、愛し合うのは、子孫を残すためです。 では、子孫を残すのは、何のためなんでしょう。 それは、最初に自己増殖するアミノ酸が誕生して以来、「増えること」が生命の使命であり、運命だからです。 遺伝子は、自らを増やすために、乗物である生物に指令を出し、恋愛をさせ、子供を産ませるのです。

多くの天敵がいる生物の場合、たくさん子供を産んで、少しでも子供が生き残るようにします。 質より量というわけです。 それでは、天敵のいない人間の場合は、どうなるのでしょうか。 天敵がいないので、たくさんの子供を産む必要はありません。 その代わり、子供の寿命が延びるので、長く生きるための遺伝子を持ち、子供をずっと守れる力を持った、優れた異性を探すようになります。 量より質になるわけですね。

恋愛感情というのは、この優れた相手を見つけるためのレーダーみたいなものだと思います。 優れた異性を見つけた時には、恋愛感情が一気に高まります。 それが、相手の優れていない部分を見つける度に、少しずつ恋愛感情が消えていきます。 良い部分を見つけると、今度はまた恋愛感情が増してきます。 そして、恋愛感情が安定してきた所で、めでたく結婚して、子供を作るというわけです。

しかし、ここでやっかいな問題が出てきます。 魚なんかだと、卵が孵ってしまえば終わりですが、人間の場合は子供を産んでからが大変です。 成人するまでの20年間、子供の面倒を見続けなければならないのですから。 もし、その20年の間に、より優れた異性を見つけてしまったら、 もし、子供を産んだ後に恋愛感情が薄れてしまったら、 一体どうすれば良いのでしょうか。

より優れた相手というのは、探せばいくらでも見つかってしまいます。 いちいち乗り換えていては、きりがありません。 一度相手を決めたら、恋愛レーダーの方向を内側に切り替えて、相手をより深く知るように努力しましょう。 相手のことをあまり知らないうちは、新しいことを知る度に、相手の評価は大きく変化します。 でも、良いことも悪いこともたくさん知ることで、ちょっとやそっとでは動じなくなります。

さて、相手のことをたくさん知ることはできたけど、どうも成績が良くない時は、相手をうまく教育していく必要があります。 それがうまくいかないようであれば、別れた方が良いかもしれません。 うまく成績が上がってきたら、今度は負けないように自分の成績も上げていきましょう。 そうしてお互いに努力していくことができれば、子供も健康に育ち、遺伝子も満足してくれるはずです。

恋愛というのは、鍵と鍵穴のように、相性のぴったり合う相手を見つけることだという人もいます。 でも、私は、お互いに自分を磨き合うことだと思っています。 お互いサイズの違う鍵と鍵穴を結びつけるのが、恋愛の力なのです。 皆さんも、良い恋愛をしてくださいね。

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現在、過去、未来

iKeyboardが、Version 1.10にバージョンアップしました。

今回のバージョンアップの目玉は、「測定履歴の表示」機能です。 これは、練習項目ごとに、測定結果を折れ線グラフで表示してくれるもので、他のタイピングソフトでもよく見られる機能です。 練習の効果が一目でわかるので、よし、頑張ろう!という気持ちになります。

さて、ここで反省すべき点は、どうして最初からこの機能をつけなかったのか、ということです。 当然、アイデアとしては早くから出ていましたが、直接的に記憶や認知を助けるものではないこと、目標の設定という意味ではすでに5段階評価のハイスコア表示があること、などから、実装を見送ってきました。

iKeyboardでは、入力を間違えるごとに画面の文字やキーの色が変化していくため、自分の現在の能力を実感しやすいようになっています。 入力ミスが多いと、画面には赤い表示が増えますが、ミスが減るごとに青い表示が増えていきます。 入力になれるに従って、指使いヒントの表示回数も減っていくことでしょう。

また、入力が終わった後の結果表示画面で、間違った文字またはキーをクリックすると、何と間違ったのかが一目でわかるようになっています。 入力間違いには、大きく分けて、ミステイクとスリップの2種類があると言われています。 ミステイクは単純な覚え間違い、スリップはちゃんと覚えているのにうっかり間違えてしまうことです。 その間違いが、ミステイクなのか、それともスリップなのかがわかれば、それを次の練習に役立てることができます。

物事をより深く知るには、現在、過去、未来の3つが必要になります。 iKeyboardは、現状の把握、次回の課題と、現在と未来という2つの条件をクリアしていましたが、残念ながら、過去を振り返ることができませんでした。 それが、「測定履歴の表示」によって、すべての条件を満たすことができるようになったのです。

iKeyboardは、まだまだ発展途上のキーボード練習ソフトです。 これからも、どんどん進化させていきたいと考えていますので、iKeyboardを試用、あるいは登録された方は、ぜひフィードバックをお願いします。

iKeyboard Web Page
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ミーちゃんのお留守番

今日からしばらく留守にします。

27日の朝には帰ってきますので、ブログはそれまでの間お休みします。 もしかしたらモブログに挑戦するかもしれませんが、多分ないでしょう。 私が帰ってくるまでは、ミーちゃんがお留守番です。 お留守番は何度も経験しているので慣れたものですが、帰ってくると鳴き声がかすれていたりして、ゴメンネ〜、と抱きしめてあげます。

ミーちゃんは、4年前の7月に、海岸沿いの道を散歩している時に、ミーミーと鳴いているのを彼女が発見したのでした。 生まれたばかりで、まだ目も開いていない状態でした。 お母さんとはぐれてしまったのか、それとも捨てられたのか。 とにかく、見つけてしまったものは放っておけない、ということで、とりあえず部屋に連れて帰りました。

たまたま、数日前に捨て猫を拾っていた友人から、子猫育成グッズを一通りゆずってもらい、二人で頑張って世話をしました。 もう、自分たちの子供みたいな感じでしたね。 幸い、すくすくと育ってくれましたが、とにかく元気が良くて、しばらくはぐっすり眠れなかったり。 懐かしいなぁ。

今ではすっかり大きくなって、すっかり大人しくなってしまいました。 部屋の隅で寝てばっかりで、たまに顔を出したかと思ったら、今度は腹を出して寝てしまいます。 足を差し出すと、お愛想でスリスリしますが、手を差し出すと、捕まえられると勘違いして慌てて逃げていきます。 う〜ん、可愛い奴。

彼女とつきあって4年、遠距離になって1年半になります。 今回、彼女と会うのは1ヶ月ぶりです。 そういうわけで、ミーちゃん、留守番頼んだよ。

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あなたと私のインターフェイス

インターフェイスというのは、人と人とを結ぶものなのです。

「直感的で分かりやすいインターフェイス」パソコンのソフトや電子機器のレビューなどで良く使われる言い回しです。 メニューは整理され、目的の項目が探しやすいようになっています。 ボタンは操作しやすい位置に配置され、間違って押してしまわないような工夫もされています。 何をどう操作すれば良いのか一目でわかる、優れたインターフェイスだというわけです。

確かに、それはそれで重要なことなんですが、それは、インターフェイスのほんの一部分でしかありません。 一般的に、インターフェイスは「境界面」という意味で、コンピュータと利用者の境界面、つまり、モニタとかキーボードとか、そういったものをひとまとめにして、インターフェイスと呼ばれています。

これは、人間とコンピュータという異なる存在を結びつけるために、間にインターフェイスを設けようという考え方です。 でも、この考え方だけでは、インターフェイスとしては不十分です。 なぜなら、その考えでは、人間がコンピュータに必ず譲歩しなければならないからです。

コンピュータは、100%論理の世界です。 人間は、正確なところはわかりませんが、仮に論理50%、感情50%としておきましょう。 もし、コンピュータと人間をインターフェイスでつなげるとすると、コンピュータは論理だけを押し通すことができますが、人間はすべての感情を犠牲にして、論理だけを働かせなければならなくなります。

おお、コンピュータはなんて融通の利かない代物なんだ!そう思うかもしれません。 でも、身の回りのものをよく見てみましょう。 感情をそのままの形で伝えることのできるものはいくつありますか。 ないでしょう。 なぜなら、そんなものは、この世に存在しないのですから。

馬鹿なことを言ってもらっちゃ困る。 詩や小説、絵画や写真、彫刻に音楽、いくらでもあるじゃないか。 あんたは芸術を否定するつもりなのか! 芸術を否定するつもりはありません。 でも、芸術作品それ自体は、単なる物理的な存在でしかなく、論理的なものだということなのです。

詩や小説は、活字という平面から、言葉という言語情報に変換されます。 絵画や写真も、同じ平面ですが、言語ではなくイメージとして処理されます。 彫刻は立体、音楽は空気の振動でしかありません。 残念ながら、感情を伝達する仕組みはどこにも用意されていません。

でも、詩に共感したり、小説の世界に没頭したり、絵画や写真に胸を打たれたり、彫刻や音楽に感動することは、自然なことです。 それは、作品が媒介手段でしかなく、自分と相手の関係こそが重要だということを知っているからです。 そして、自分の感情を100%相手に伝えることは不可能だということも。

そもそも、感情というのは、外からの刺激に対して、自分の心が反応する働きなわけですから、それをそのまま伝えようというのは、元から無理な話なんですね。 でも、自分の心が何に反応したのかを観察して、それを再構成することができたら、もしかしたら、相手も同じ感情になるかもしれない。 芸術というのは、そういうものではないでしょうか。

コンピュータの利用というのは、芸術ではないので、感情を伝える必要はありません。 でも、コンピュータを利用することで、相手が何らかの感情を抱くことがある、ということは、頭に置いておく必要があります。 つまり、コンピュータというのは単なる媒体でしかなく、利用者はコンピュータを通して開発者を見ているわけです。

もともと、インターフェイスというのは、Inter-face、つまり、顔と顔とを繋ぐという意味なんですね。 相手の顔をしっかりと見つめて、良好な関係を築いていきたいものです。

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あやうい心と秋の空

秋というのは、不思議と感傷的な気分になるものですね。

さて、それはなぜでしょう。 答は簡単。もうすぐ寒く厳しい冬がくるからです。 日を重ねるごとに、世界は容赦なく変化していきます。 日は短くなり、気温は下がり、葉は色を変え、はらりはらりと落ちていきます。 身体もどんどん変化していきます。 秋だ、収穫の秋だ、食欲の秋だ。冬の寒さに備えなきゃ。 心だって、変化しないと・・・。

でも、心はあせるばっかりで、どうしたら良いのかわからずにオロオロしています。 心は変化を望んでいるのに、毎日が普段と変わらない、単調な生活。 いや、毎日の生活はめまぐるしく変わっていきます。 気を抜くと変化についていけないくらいです。 でも、残念ながら、それは季節の変化じゃないんですね。

そんな時は、本を読んでみるといいかもしれません。読書の秋ですね。 知識を蓄えることで、冬に備えようという気持ちを満たすことができます。 身体を動かして汗をかくのもいいでしょう。運動の秋です。 冬の食糧をかき集めようとする身体を満足させることができます。 そう、働き者のアリを演じるわけです。

でも、どうせ演じるなら、キリギリスを演じてみるのはどうでしょう? 毎日毎日、働きアリのごとく仕事に追われているわけですから、休みの日までアリを演じていては疲れてしまいます。 そんな時は、ふらりと散歩に出かけてみましょう。 近所をゆっくり歩きながら、季節の変化をじっくりと味わってみるのも、たまにはいいものです。

歩くのに疲れたら、腰を下ろして、ちょっと休憩。 ふと見上げると、柔らかな秋の空が広がっています。 ゆっくりと流れる雲を見ながら、心の内なる声を聞いてみましょう。 どんな声が聞こえますか。なになに、オナカヘッタ? そろそろ、お昼の時間です。 外食するのも、いいかもね。

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月より団子

夕飯のおかずを買いに行くと、丸い月が見えました。

ああ、中秋の名月というやつか。 顔を出したばかりの名月は、まだ寝足りないような感じで、顔色があまり良くありません。 そういえば、頭上に輝く白い月を眺めながら、一体どこをどう見ればウサギに見えるのか、ずっと疑問に思っていました。 それが今、寝不足の月の中には、確かにウサギがモチをついています。 あのモチは月の朝食かもしれないぞ。

近所のスーパーでは、特設コーナーで月見グッズが売られていました。 米粉にきな粉、小豆にあんこ。 せっかくだから、月見団子でも作ってみるか。 というわけで、お惣菜と米粉を買って、スーパーを後にしました。 ほんのわずかな間に、月の顔色がずっと良くなっています。 もしかしたら、月が喜んでくれたのかな。それとも、モチを食べたから?

家に帰ると、とりあえず、炊いてあった米とさっき買ったお惣菜、それとタクアンで簡単な夕飯を済ませます。 どういうわけか、最近は米の飯が妙にうまい。炊きたてのご飯に、タクアン。これだけで2合は食える。 でも、それだと体に悪いので、ご飯は1合に抑えて、代わりにお惣菜を食べるわけですね。 普段はちゃんとおかずも作るんですよ。

簡単な夕食も食べ終わり、ちょっと一服して、窓から外を見てみます。 あれ、月が消えた。 そんなはずはないと探してみると、向かいの建物に隠れていました。 先に夕飯にしたのをすねてたりして。 よし、そろそろ団子を作るとするか。 団子は以前にも何度か作ったことがあるので、もう慣れたものです。 でも、前はゆでたけど、袋には蒸せと書いてあります。 では、今日は蒸し団子に挑戦してみるかな。

あっという間に、団子ができあがりました。 小さいお茶碗に入れて、とりあえず記念撮影。 ちょっと大きさがまちまちだけど、気にしない、気にしない。 早速、窓辺に行くと、待ってましたとばかりに、月が白く輝いています。 よしよし、それでは、いただきます。・・・。ちょっともっさりした感じ。 蒸したからなのか、それとも、コネが足りなかったのか。 それでも、醤油をかけて、美味しくいただきました。

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思い出の発掘作業

お気に入りの場所No.1の、多賀山公園に行ってきました。

Webページにもあるように、多賀山公園は私の一番のお気に入りの場所です。 そのお気に入りっぷりは相当なもので、新しいデジカメを手に入れると、真っ先に多賀山公園へと足を運ぶくらいでした。 ところが、お気に入りの場所がどんどん増えてきたこともあって、DiMAGE A1を手にしてからは、まだ一度も撮っていませんでした。

ちょうど今朝にiKeyboard Version 1.10の公開を終えたところだったので、これはもう行くしかありません。 外は晴れ、風もなく、絶好の撮影日和です。 10年間連れ添った愛車で、多賀山公園を目指します。 そういえば、最初に多賀山公園を見つけた時も、この自転車だったよな・・・。

昔は正面入り口まで自転車で登っていたんですが、坂道がきついのと、改装されて味わいがなくなったのとで、今は裏にある多賀山神社の参道から入るようにしています。 こちらのほうは、今も昔も変わることなく、味のある景色を見せてくれます。 私は、ここの石段が大好きです。

石段を上りきるとそこには多賀山神社があります。 参道の長さの割には境内はこじんまりしていますが、いつ来ても綺麗に掃き清められていて、とても気持ちがいいです。 ただ、狛犬(阿形、吽形どっちだったか、覚えていますか?)のしめ縄が切れていて、ちょっと落ち着かない様子でした。

裏参道からは、桜島が一望できます。 いつだったか、ここで写真を撮っているお婆さんがいて、写真を撮ってあげたことがあります。 お爺さんに先立たれて、思い出のつまった家で一人暮らしをするか、息子夫婦のところに世話になるか、悩んでいるんだとか。 後日、写真とともにお礼の手紙が届いて、息子夫婦のところに世話になることを決心したということでした。 あのお婆さん、元気にしてるかな・・・。

多賀山公園の中心には、樹齢160年のアコウの木があります。 木にはたくさんの筋が複雑に絡み合い、有無を言わせぬ迫力があります。 ここに来ると、桜島を見ることで自分の小ささを知り、アコウの木を見ることで努力の大切さを感じます。 お気に入りの一番の理由は、ここにあるのかもしれません。

奥には、桜花園という広場があります。 春になると花見の客で賑わいますが、今日は人の姿は見えず、ひっそりと秋の色になっていました。 さらに奥に行くと、東福寺城跡があり、遠い昔を偲ぶことができます。 数百年の後に、自分の存在を残すことはできるのだろうか。そんなことを考えます。

半年ぶりの多賀山公園でしたが、やっぱり来て良かったですね。 自分にはたくさんの思い出があったことを思い出すことができました。 おかげで、気持ちがずいぶんスッキリして、新たにやる気が出てきました。 古い思い出は、新しい思い出にどんどん埋もれていってしまいます。 たまには、こうして思い出の発掘作業が必要なのかもしれませんね。

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その言葉は誰のもの?

慣用句というのがありますが、慣用詩というのもあるのでしょうか。

優しい風に吹かれて、緑の大地に立つ私
抜けるような青空に、輝くような白い雲
小鳥の声に誘われて、森の中を彷徨う私
あふれる木漏れ日は、光り輝く希望の星
優しさにつつまれて、貴方の夢を見る私

もし、あなたがこの詩に感動したのなら、私はあなたに謝らなければなりません。 なぜなら、この詩は私の本心ではないからです。 心配しなくても、それくらいわかってるよ。詩全体に胡散臭さが漂ってるし。 そうだといいのですが、うっかり感動してしまった人がいたら、ごめんなさい。

人の心というのは、本能とか、欲とか、経験とか、計算とか、いろんなものでできています。 そのいろんなものが、複雑に絡み合って、ひとつの心になっているわけです。 ですから、その複雑な心が作り出す感情を、単純な言葉で表すというのは、とても大変なことです。

でも、言葉の中には、その単純さから、簡単に感情を呼び起こす働きを持つものがあります。 「風」「大地」「青空」「雲」『光」「夢」といった言葉がそうですね。 そういった言葉を並べるだけで、何となく心地良い、さわやかな印象を受けます。 逆に、「血」「死」「闇」といった言葉は、悲しく不安な気分になります。

そうした言葉は、漠然とした印象は与えても、それ以上のことは伝えられません。 そこで、別の言葉と組み合わせていくことによって、少しずつ形を作っていきます。 ここで問題となるのが、どの言葉と組み合わせるかということです。 残念ながら、おさまりの良さそうな組み合わせほど、中身のない、つまらないものになりやすいものです。

この詩は、よく見かける、おさまりの良さそうな言葉の組み合わせを、適当に並べただけのものです。 それなりに状況を思い浮かべることができるし、流れも悪くないように思えるかもしれませんが、それぞれの言葉の必然性というものが全くありません。 つまり、私でなくても書くことのできる、くだらない詩だということです。

詩を書くということは、おさまりの良い言葉を並べることではありません。 複雑に絡み合った心の中の奥深くにまで入り込み、その感情の元となる部分を探し出す必要があります。 そして、それに相応しい言葉を見つけて連れて帰ってこなければならないのです。 詩を作るということは、とてもエキサイティングな冒険活劇なんです。

自分の詩を書きたいのなら、自ら冒険の旅に出なければなりません。 そして、心の抵抗をかわし、はねのけ、倒しながら、過去の迷宮をくぐり抜け、トラウマと対決し、自分の本心を救い出さなければならないのです。 他人の冒険をレンタルして眺めているようでは、決して自分の詩を書くことはできないでしょう。

いくら言葉の並べ方を覚えても、その言葉に力がなければ、相手を動かすことはできないのです。

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いつもと違うひとときを

たまには、ちょっとした遊び心があってもいいんじゃない?

私の場合、できるだけ見た目に忠実に、あるいはその時の気持ちに忠実に、写真を撮るように心掛けています。 それで、思い通りの写真が撮れると嬉しいわけですが、同じ写真を同じように鑑賞していると、たまに物足りなさを感じる時があります。 うまく撮れてるんだけど、何かイメージと違うよな〜、なんて。

そんな時は、PhotoMasterのフィルター効果を使いましょう。 見慣れた写真が、ひと味違った写真へと生まれ変わります。 PhotoMasterのフィルター効果は、リアルタイムで素早く処理されます。 いちいち別名で保存する必要はありませんし、その時の気分でフィルター効果を選んでスライドショー、なんていうこともできるんです。

選べるフィルター効果は全部で10種類。 中でも、「グレイ」「セピア」『シック」「昭和」の4つは、効果もわかりやすく、それぞれに特色があって、写真の新しい楽しみ方を発見できます。 それでは、この4つのフィルター効果をひとつずつ見ていきましょう。

まず「グレイ」ですが、カラー写真を白黒写真にしてしまう、定番中の定番のフィルターですね。 色が完全になくなってしまうので、純粋に光の変化、微妙な陰影を楽しむのに向いています。 また、何かと想像力をかきたてる写真へと変貌するようですね。

次は「セピア」。これも定番ですね。 セピア色というのは過去色なので、懐かしい印象に変わるのは皆さんも良くご存知の通りです。 同じ単色でも、「グレイ」と比べるとずいぶん柔らかい写真になるということは、知っておいて損はないでしょう。

これは、PhotoMasterオリジナルの「シック」です。 色の薄いだけを白黒に、色の濃い部分はわずかに色を残しています。 「グレイ」との違いが良くわからなければ、写真をクリックして拡大表示してください。 このはかなくも美しい色合いに、思わずハッとしてしまいます。

最後は、これもPhotoMasterオリジナルの「昭和」です。 あなたが小さい頃に撮った写真、こんな色になっていませんか。 今見ている風景は、数十年前はこんな風景だったのでしょうか。 それとも、数十年後には、こんな風に思い出すのでしょうか。

写真には、撮る楽しみもあれば、観る楽しみもあります。 たまには、コーヒー片手に、いつもと違うひとときを味わってみてはいかがでしょう?

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快適なタイピングを目指して

iKeyboardによるタイピング練習も、いよいよ大詰めです。

「場所」でキーボードの文字配列を覚えて、「指使い」で正しい指使いができるようになりました。 このふたつだけでも、キー入力はかなり改善されますが、それでもまだぎこちなさが残るはずです。 なぜなら、文字と指使いが十分に関連づけられていないからです。

文字配列を覚えることで「文字→キー位置」の変換が、指使いを練習することで「キー位置→指使い」の変換ができるようになりました。 でも、これだけだと、「文字→キー位置→指使い」という3段階の変換作業を毎回行うことになり、あまり効率が良くありません。 そこで、キー位置を意識せずに、直接「文字→指使い」の変換を行う練習が必要になってきます。

「順番」では、アルファベット順などの馴染みのある順番で、文字を入力していきます。 頭の中では、アルファベットが「ABC・・・」というように、順番に記憶されています。 数字も「123・・・」の順番で記憶されています。 例えば、「B」に関する情報を引き出す時には、アルファベット順に並んだ記憶から「B」を検索していきます。

「B」を思い浮かべるのに順番なんて関係あるわけないじゃないか。そう思うのも無理はありません。 それでは、3つのアルファベット「ABC」と「ACB」を思い浮かべてみてください。 もし、「ACB」に違和感を感じたとしたら、それはあなたが順番を意識しているからです。 では、「A?C」の?には何が入るでしょうか。やっぱり「B」ですよね。

今度は、「ABCD」と「EFG」を思い浮かべてみてください。簡単にできますね。 では、「ABCDEFG」はどうでしょうか。なんとか大丈夫そうです。 なら、「ABCDEFGHIJKLMN」を思い浮かべてみてください。はい、無理ですね。 いくら順番に並んでいても、一度に思い浮かべられる文字には、どうも限度があるようです。

一般的には、7文字くらいまでなら何とかなるだろう、と言われています。 でも、アルファベットはもちろん、50音だって全部覚えてるよ。 それは、適当な長さに区切って覚えているからなんです。 アルファベットなら、「ABCDEFG」「HIJKLMN」「OPQRSTU」「VWXYZ」という具合に、 50音なら、「あいうえお」「かきくけこ」という5文字を、「あかさたな」「はまやらわ」という行ごとに覚えているからです。

最初の国語の授業、最初の英語の授業を思い出してください。 最初は、「あいうえお」や「ABCDEFG」という順番を声に出して覚えました。 次に、「あ」や「A」といった文字を、書き順に合わせて書いて覚えました。 言葉や単語の練習は、順番や書き順を覚えてからだったはずです。 タイピングでは、指使いが書き順みたいなものですね。 でも、タイピングの場合は、文字配列の順番と、通常の順番という、異なる2つの順番を覚える必要があります。

これまで、「場所」や「指使い」の練習は、キーボードの都合に人間が合わせる形で行ってきましたが、「場所」では、人間の都合に合わせて、キー入力をやり直す形になります。 適当な長さで区切りながら、順番通りに入力していきます。 区切りの長さや繰り返しの回数を調整しながら、何度も繰り返し練習しましょう。 順番を入れ替えてもスムーズに入力できるようになれば、あなたにはもう十分なタイピング能力が備わっています。

さあ、あなたもiKeyboardで快適なタイピングを手に入れましょう!

iKeyboard Web Page
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Pricelessな写真展

先日、ここの記事からトラックバックをいただきました。

なになに、黎明館で合同写真展が開かれてるんだって。へぇ〜、それは知らなかったなぁ。面白そうだし、行ってみようかな。 あれ、この記事、うちにリンク貼ってないよ。しかも写真展もう終わってるし・・・。

トラックバックというのは、自分の記事で相手の記事にリンクを張ったことを伝えるためのものであって、自分の記事を相手に知らせるためのものではありません。 私も最初はトラックバックの使い方が良くわからなかったんですが、これを機会に正しい使い方を覚えていただけたらと思います。

それはともかく、一度行く気になった心を鎮めるのは難しいものです。 そこで、鹿児島で開かれている写真展を探してみると、鹿児島市美術館で「第35回 南日本写真展」を開催していました。 というわけで、早速、鹿児島市美術館に行ってきました。

まさか入場料を取るとは思わなかったので面食らいましたが、400円を払って中に入ると、そこにはたくさんの写真が所狭しと並んでいました。 これは気合いを入れないといけないな〜、と思いながら順番に眺めていったわけですが、またしても、あの違和感が頭をもたげてきました。

どの写真も、とてもうまく撮れています。 他の来場者の方々は、あれこれワイワイ話しながら、楽しそうに眺めています。 私一人が、何やら難しそうな顔をして写真を睨みつけています。 そうしているうちに、たくさんの違和感の中に、ぽつりぽつりと安心する写真があることに気がつきました。

この違いは一体なんだろう? それらの写真を見比べていて、あっと気がつきました。 そうか、そういうことだったのか。 考えてみれば、実に単純なことでした。 写真の、そしてカメラの宿命とも言えるその事実に、どうして今まで気がつかなかったんだろう。

それは、「視点」でした。 カメラそれ自体の「視点」と、なぜそこにカメラを向けたのかという、撮影者の「視点」。 そのふたつの視点が合わさって、ひとつの写真となっているのです。 それなのに、それらの視点が不自然なために、妙な違和感を感じていたわけです。

前回の祭りの写真について考えてみましょう。 撮影者は、祭りを見ながら、これはと思うものにカメラを向けます。 カメラは、撮影者と同じ視点を写真に記録します。 そして、シャッターを押した瞬間、撮影者と鑑賞者は、同じ視点を共有するわけです。

つまり、写真を撮るということは、鑑賞者に自分の視点を提供するということなんですね。 それと比べたら、フレーミングだとか露出といったことは、実に些細なことだったんです。 でも、撮影者が自分の視点が曖昧なままに写真を撮っていたとしたら、どうなるでしょうか。

祭りです。神輿担いでます。顔が真剣です。 確かに、写真いっぱいの表情は真剣そのものです。 でも、神輿は、祭りはどこにいってしまったの? 鑑賞者は戸惑います。 せっかくのお祭り、せっかくの神輿だというのに、どうして顔だけしか見せてくれないのよ! もっと私にも祭りを楽しませてよ!

残念ながら、夏休みの宿題のような、何とか課題をこなしました、みたいな写真が多かったように思います。 自分も写真を撮るせいか、何となく、そういう撮影者の事情みたいなのが感じられて、どうも不自然だったんですね。

なぜ、その場所にいたのか。どうしてそれにカメラを向けたのか。シャッターを押すことで、何を伝えたかったのか。 それらを明確にすることが、何よりも大切なことだったんですね。 これは、まさに目から鱗の大発見です。 400円の価値は十分過ぎるほどあったな〜、と嬉しく思いました。

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清泉寺跡で、色について考える

今日はとっても良い天気。お昼に清泉寺跡まで行ってきました。

清泉寺跡には、歴史も古く、姿も立派な磨崖仏があります。 「鹿児島の石像達」にも写真を載せていますが、残念なことにあまり管理されていなくて、その姿を拝むためにはちょっとした冒険が必要です。 生い茂る草木をかき分け、蜘蛛の巣を払い、川を渡り、崖をよじ登らなければなりません。 あの写真を撮るのは、ホントに大変だったんですよ〜。

清泉寺跡に到着すると、すぐ右手には湧き水があります。 そう、昨日の「水の綺麗な慈眼寺公園」と同じなんです。 そして、慈眼寺公園と同じ問題に直面してしまいました。 その問題とは・・・。昨日の慈眼寺公園の写真をもう一度よく見てください。 最初の2枚目とそれ以降の写真とで、色合いが微妙に異なっています。

実は、最初はオートホワイトバランスで撮ってたんですが、どうも色がおかしいということで、途中から太陽光に変更したんです。 A1のオートホワイトバランスはだいたいにおいて優秀なんですが、木陰や蛍光灯など、特定の場面でかなり色がずれてしまいます。 特に木陰では、オートホワイトバランスだと赤っぽくなり、太陽光にすると緑っぽくなってしまうので、ずっと困っていました。

今日も、木陰の水神様を撮ろうとして、この問題に突き当たりました。 ダイヤルをぐるぐる回しながら、あれでもない、こうでもないとやっていると、おっと手が止まりました。 見たこともないマークです。確か・・・そう、日陰マークです。 DiMAGE 7UGにはないモードだったので、ずっと使わずにいたんですね。 左は太陽光-1、右は日陰で撮ったものなんですが、右がほぼ見た目通りの色になっています。

ただ、難しいのは、太陽光と日陰をどう切り替えるかです。 直射日光が当たったいる場合は太陽光、そうでない場合は日陰で撮ればいいのかな。 というわけで、以下の写真はすべて太陽光で撮っています。

さて、清泉寺跡ですが、水神様の横からは清らかな水が湧き出ていて、木漏れ日の中を静かに流れていきます。

その先には、わずかに石垣だけが残っていて、かろうじてそこが寺院の跡であることを感じさせます。

石垣の向こうは、見渡す限り、延々と雑草が生い茂っています。 振り返ると、視界はぐっと広がり、海へと続く川と、それを眺めるおじさんが、川の行く末を眺めつつ、物思いに耽っています。

見上げると、吸い込まれるような青空に、輝く緑と、一筋の飛行機雲。 苔むした民家の石垣には木漏れ日が落ち、木の枝の葉は、いっぱいに光を浴びています。

結局、お目当ての磨崖仏は、遠くから眺めるだけで、写真には撮りませんでした。 カメラとカラダの電池が切れかけていたもので・・・。 それでも、見た目は夏、空気は春(秋だけど・・・)という、まさに理想的な天候の中、贅沢な時間を過ごさせていただきました。

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水の綺麗な慈眼寺公園

今日は、昼から石像を撮りに慈眼寺公園まで行ってきました。

お目当ては、激しい廃仏毀釈を生き抜いてきた仁王像です。 慈眼寺公園は、その名の通り、元々は慈眼寺というお寺だったんですが、廃仏毀釈によって廃寺となり、代わりに近くにあった稲荷神社が移されました。 鹿児島は、全国でも廃仏毀釈の激しかった場所で、古いお寺はほとんど廃寺に追い込まれ、たくさんの仏像や石像が破壊されました。 慈眼寺の仁王像もあちこち壊されていますが、その威厳は今も変わらず、この土地を守り続けています。

公園の入り口を入ると、三叉路になっており、左側の石段を上ると、そこに仁王像が立っています。

慈眼寺公園には、仁王像以外にもいくつかの石像があるのですが、これらは比較的損傷が少なく、ほぼ原形をとどめています。

稲荷神社は、入り口をまっすぐ行ったところの突き当たりにあります。 とても静かな場所なのですが、やはりここにもピンと張りつめた緊張感が漂っていました。

稲荷神社の横には小さな滝があり、石橋からはとても綺麗な景色を見ることができます。 この辺りは、昔から湧き水が出て、酒造に使われていたそうです。 現在も、酒水の井戸という湧き水が残っていて、地元の人達が水を汲みにきていました。

慈眼寺公園の特徴は、とにかく水が綺麗で豊富にあることですね。 さらに奥に行くと、そうめん流しや水浴びのできる場所があり、夏になると大勢の人達で賑わいます。 また、紅葉の名所でもあり、これからが楽しみですね。

仁王像の写真は、いずれWebページで公開しますので、お楽しみに!

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ホームがあるってスバラシイ

どんなに辛くても、戻る場所があるというのは嬉しいものです。

「マウスでキー配列を覚えよう!」で書いたように、キー配列を覚えるだけで、キー入力はずっと快適になります。 でも、それはタイピングへの最初の一歩に過ぎません。 ある程度、文字の並びを把握できるようになったら、次はいよいよ両手でキーを入力する練習です。

タイピングは、キーボードのホームポジション(ASDF JKL;)を基準にして、各指を上、中、下に動かすことで、キーを入力していきます。 方法論としては実に単純なのですが、普段あまり馴染みのない動作だけに、指を動かす練習をしなければなりません。

まずは、上下の動きはひとまず置いといて、各指を独立して思い通りに動かせるようになることが先決です。 ホームポジションのキーを、順番に入力していきます。 一通り入力したら、今度は順番をちょっとだけ入れ替えて入力します。 あんまりゴチャゴチャ入れ替えてしまうと、混乱し過ぎてしまうので、この「ちょっとだけ」というのがポイントですね。

任意の指を動かせるようになったら、今度は上下に動かす練習です。 ここで重要になるのは、ホームポジションがすべてのキー位置の基準になるということです。 つまり、ホームポジションを基準にして、ひとつ上の段、さらに上の段、下の段というように、入力するキーが広がっていくのです。

ということは、常にホームポジションを把握してないと、正しいキー入力ができなくなってしまいます。 そのためにはどうすれば良いのでしょうか。 それは、指を動かした後には、ホームポジションに戻るようにすれば良いのです。

つまり、「ホームポジション」→「目的のキー」→「ホームポジション」という一連の動きを、ひとまとめにしてしまうわけです。 そういう練習を繰り返していくと、ホームポジション上に指が来ていないと落ち着かなくなってきます。 そうなってくれば、もうタイピングの指使いはバッチリです。

iKeyboardは、これらのことをしっかり考えて作られていますが、さらにもう一工夫してあります。 画面上にはキーボードが表示されているのですが、手の指を重ね合わせて表示してあります。 各指は微妙に長さが異なり、ホームポジションを基準にして、上、中、下のキーにかかるようになっています。 このため、どの指をどう動かせば良いのか、直感的にわかるようになっています。

また、入力するキーは常にアニメーション表示されるので、キー配列をまだ十分に覚えていない人でも、安心して指使いを練習できるようになています。 「私は頭よりも体で覚えるほうなの」という人は、先に「指使い」を練習してから「場所」を練習してみるのも良さそうです。

iKeyboardは、順番にステップアップしていくようになっていますが、好みに合わせて順番を自由に選べるという柔軟性も持ち合わせています。 そして、他のソフトにはない一工夫が、あちこちに用意されています。 ぜひ、iKeyboardの良さを実感してみてください!

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心の原動力

人は、なぜ生きようとするのでしょうか。

人には、食欲、睡眠欲、性欲という三大欲求があります。 確かに、ご飯は美味しいし、寝るとスッキリするし、異性と過ごすのは気持ちの良いものです。 それらは、生命の維持や子孫の繁栄に必要な不可欠なものですが、一度満たされてしまえば、しばらくは出てこなくなります。

でも、人の心には、欲望という名の欲もあります。 金銭欲、名誉欲、独占欲、支配欲、などなど。 これらは、なくても生きていけますが、決して満たされることはなく、いつまでも同じものを追い求めます。

また、意欲というのもあります。 新しい発見をしたり褒められたりすると、好奇心が芽生えたり興味が湧いたりして、もっと頑張ろう、という気持ちになります。 意欲は、出たり出なかったりと気まぐれですが、あるととても前向きになり、常に新しいことを目指します。

このように、人にはたくさんの欲があるわけですが、一体どれから満たしていけばいいのか、ついつい迷ってしまいます。 うまくいけば、とても充実した人生を送れますが、下手をすると、何をやってもうまくいかずに、先が見えなくなってしまいます。 さて、どうしたものでしょう。

生理的な欲求というのは、身体が求めているものですから、できるだけ注意深く観察して、素直にその要求に従うのが一番です。 胃がもたれているのなら、脂っこいものは避けるべきですし、うとうとして頭が回らない時は、一度休憩して仮眠をとるべきです。 もちろん、好きな人ができたら、あれこれ考えずに気持ちを伝えるべきなのです。

しかし、欲望となると、そう簡単にはいきません。 欲望は、人を突き動かす大きな力を持っていますが、その力があまりに大きいため、力をうまく制御しないと破滅を招くことになります。 というのも、欲望は常に成長を行うフィードフォワード回路になっているために、いつか必ず限界がくるからです。 ですから、その限界がくる前に、適当なところで抑制力を働かせて、フィードバック回路に変更しなければなりません。

意欲は、実現可能な目標を立てることによって生まれます。 新しい発見をすると、他の条件でも通用するかどうか試してみたくなります。 それがうまくいくと、今度はそれをどう利用できるかを考えます。 そして、最後にはその発見を多くの人に分け与えたくなるのです。 欲望と異なるのは、目標という段階ごとに成長していき、到達点となる最終目標が定められている点です。

もし、あなたが何らかの体調不良を感じているなら、それは体の要求にちゃんと耳を傾けていないからです。 もし、何をやっても満足できないのであれば、それは心が欲望に支配されてしまっているからです。 もし、自分が何をしたいのかわからないのであれば、それは適切な目標が設定されていないからです。

もちろん、欲を満たすために何をやっても良いというわけではありません。 物理的に不可能な場合もあれば、社会的に認められないこともあります。 実現可能な欲をうまく選り分けて、欲を満たしていかなければなりません。 そして、それを行うのが、理性なのです。

欲は、生きていくための、心の原動力です。 うまく理性を働かせて、上手に生きていきたいものですね。

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写真で表現?

どうしても馴染めないのが、写真に添えられた「○○を表現しました」という文章。

そういうのが好きな人には申し訳ないんですが、私はどうも苦手なんです。なんか、後ろから髪の毛をつかまれて、さあ、ここを見ろ!どうだ、すごいだろ?と言われているような気分になってしまうんです。その人が、そういうつもりで文章を書いたわけではないことはわかっているんですが、心が拒絶反応を示してしまうんです。

実を言うと、そういう文章がなくても、同じような気分になる写真があります。 写真全体から、見て見て!ここを見て!というのが放たれていて、どうにもそれが鼻についてしまうんです。 写真自体は、とても綺麗なんです。素直に、うまいなぁ、と思います。 でも、真似したいという気持ちにはならず、むしろ、もう見たくないという気持ちになります。

それは、好みの問題だからしかたがないよ。苦手なら見なければいいだけじゃないか。 人の写真を見てるだけなら、まさにその通りなのですが、自分の撮った写真でもそうなってしまうとなれば、それだけでは済まされません。 何とかその原因を突き止めて、もっと満足のいく写真を撮りたいというものです。

それでは、写真の構成要素を順に挙げていってみましょう。 被写体、構図、色、明るさ、ブレ、ボケ、こんなところでしょうか。 例えば、お祭りがあって、神輿を担いでいる人がいるとします。 その中に、とても真剣な表情をした人がいたので、顔をアップに、色はモノクロ、ちょっと暗め、ブレはなく、背景はぼかして撮りました。 そして、「祭りへの熱い想いを表現しました」の文章を添えればできあがりです。

確かに、その顔は真剣そのもの。その表情は写真いっぱいに広がり、黒がより深刻なイメージを演出します。余計なものははぶいて、その表情だけをじっくり観察できるような配慮もあります。 これは、祭りへの熱い想いを感じないわけにはいかないなぁ。 でも、私には、してやったりとほくそ笑む、撮影者の顔が見えてしまうのです。

問題は、本当にその人の表情に感動したのか、ということです。 ちゃんと見ていたのであれば、その人がなぜ真剣な表情をしていたのか、何となくわかるものです。 もし、神輿を担ぐことが純粋に好きな人なら、神輿も一緒に写してあげたくなります。 観客との一体感に酔いしれているのであれば、観客も入れてあげないとかわいそうです。 誘われて仕方なく、失敗しないように一生懸命なのであれば、孤独に撮ってあげるのが良さそうです。

同じものを撮るにしても、どう感じるかで、撮り方はずいぶん変わってきます。 それは、被写体にどれだけ共感できるか、ということでもあります。 つまり、写真というのは、被写体と撮影者の関係を写すものなんですね。 だから、十分な関係が築けていないと、どれだけ技術を駆使しても、つまらない写真になるのです。

写真を表現手段だと思っている人の写真は、自己主張が強過ぎて、被写体が息苦しそうにしています。 写真は写ればいいと思っている人の写真は、関係が稀薄になるので、被写体はそっぽを向いてしまいます。 では、被写体との良好な関係を築くには、どうしたら良いのでしょうか。

私は、その感動を共有する相手、つまり写真の鑑賞者が必要だと思っています。 被写体と撮影者という一対一の関係は、非常に強固なものですが、同時に非常にもろい関係だからです。 綱引きをしているようなもので、どうしてもどちらかに決着がついてしまいます。 でも、そこに鑑賞者が加わり、お互いに手をつなげば、三脚のような安定性を得ることができます。

そういう意味で、このブログというのは、とても有効な手段ですね。 これからも、写真を通して、皆さんと感動を共有していきたいと思っています。

相手の気持ちを動かそう

ブログをあちこちのぞいていると、自作の詩や小説といったものをよく見かけます。

実は、私も書いたことがあります。 小学生の頃に、仲の良い友達数人で、漫画を書いていました。 ちょっと違うのは、みんな同じタイトル、同じ設定で、それぞれ違うストーリーを書いていたんです。 当時流行っていた「ロードランナー」というゲームを題材にしていたんですが、主人公と敵のロボットが出てくるというだけで、それ以外は自由に書いていました。

友達同士で、アイデアを出し合ったり、競い合ったりするのは、とても楽しかったですね。 最初は、わりとゲームに忠実に書いていたんですが、「レンズマン」という映画の影響を受けて、次第に壮大なSF宇宙大戦争へと舞台が変わっていきました。 独自のアイデアとしては、主人公が宇宙船の食堂で焼き魚定食を食べたり、トイレで用を足したり、というのがありました。 小学生なりに、実生活に基づいたリアリズムというものを追求したかったのかもしれません。

コマ割りは固定で、確か3cm x 3cmだったと思います。 だから、漫画というよりは、絵コンテとか、映画のフィルムみたいな感じでしたね。 最初に、30cmのものさしで、ノートにあらかじめ線を引いてしまえば、後は漫画を書くだけなので楽だったんですね。 でも、そのおかげで、ストーリーに集中できたり、映画的な手法を取り入れたり、といったことができたように思います。

書いた漫画は、基本的に仲間内で読み合うだけでしたが、たまに、他の友達や、担任の先生に読んでもらったりしました。 主人公とロボットの最後の対決の後なんかは、誰かに読んでもらいたくてうずうずしました。 普段、あまり話さない友達から、「お、なかなかおもろいやんけ」なんて言われたら、やっぱり嬉しかったですね。

ブログで創作をしている人達も、若い人達が多いようです。 でも、何か違う。 私が漫画を書いていた頃は、友達よりももっと面白いものを書いてやろう、という気持ちが強かったです。 そして、誰かが面白いアイデアを見つけてくると、これだっ!と叫んで、一生懸命に真似をします。 でも、それだけだと悔しいので、もっともっと面白いものを書いて、相手を見返してやりたい、という気持ちになるのです。

私の場合、そうやって競い合ううちに、自分のスタイルというものができていったように思います。 ところが、今の若い人達の作品には、そういう力強さをあまり感じないんですね。 それよりも、気心の知れた仲間同士の馴れ合いや、自己満足な世界みたいなのが、ずっと多いような気がします。

これは、時代を反映した流れなのかもしれませんが、なんとも寂しいことです。 内側の壁を塗り固めているばっかりで、外の世界に働きかけようという力がないんです。 ここから先は、わかる人だけ入ってくださいね。それ以外の人は今すぐ帰ってください。 どうも、門前払いを受けたような気分になります。

今日もあなたは振り向いてくれなかった。ショボ〜ン。 じゃなくて、今日こそはあいつを振り向かせてやるぞ。うぉ〜! というくらいの気持ちで書いて欲しいんですね。 なんと、そういう考え方があったか!なるほど、そういうことも言えるかもなぁ。 そう思えるようなものを、頑張って書いて欲しいものです。

嵐の夜の写真鑑賞

台風のおかげで、写真の撮れない日が続いています。

そんな時は、これまで撮ってきた写真をのんびり鑑賞するようにしています。 デジカメというのは、気楽に写真が撮れて、すぐに写真を楽しめるのはいいんですが、次の写真を撮ってしまうと、過去の写真を見ることはほとんどなくなってしまうんですよね。 私がよくやるのは、去年の今頃はどんな写真を撮ったのかな、というもの。 どれどれ、あ〜、そうかぁ。そういえばそうだったよな〜。

去年の9月3日には、心岳寺跡、別名平松神社の写真を撮っていました。 ちょうどこの頃、神社巡りと石像探しに夢中になっていたんですね。 この心岳寺跡は、錦江湾の奥の方、鹿児島市の北の端にあるんですが、交通量が多くて苦手な国道10号線を、車に怯えながらも自転車で行ってきたのでした。

この辺りは、海岸沿いを国道とJRが平行して通っているんですが、線路の向こうにはすぐ山が迫ってきているんですね。 心岳寺跡の入り口も、線路の向こうにあったので、なかなか見つからずに苦労しました。 入り口では、早速、仁王像の吽形がお出迎え。残念ながら阿形のほうは見当たりませんでした。 ちなみに、狛犬や仁王像は、阿形と吽形の対になっていて、向かって右側が阿形で、口を「アッ!」と開けています。 反対の左側は吽形で、今度は口を「ウン!」と閉じています。わかりやすいですね。

さて、鳥居をくぐると、そこには神秘の世界が広がっていました。 神社というところは、どこも何かしらそういう雰囲気があるものですが、ここの神々しさはかなりのものでした。 神聖な場所というのがピッタリくるところですね。

階段を上っていくと、手水屋には立派な龍の石像が。 手水屋に龍の像というのはよくある組み合わせですが、ここまで生々しい迫力の龍は初めて見ました。 ここは、とても大切な場所だったんじゃないか。 そんな印象を受けました。

この時は、ちょうど台風が過ぎたばかりで、境内は折れた木の枝が散乱し、あまりいい状態ではありませんでした。 それでも、この神社の格調の高さが十分に感じられました。 そこには、まるで私を待っていたかのように、季節外れのアジサイが咲いていました。 来て良かったな、名残惜しさを感じつつ、私は神社を後にしました。

この心岳寺跡には、ちょっと悲しいお話があります。 また、「鹿児島の石像達」も合わせてご覧いただければと思います。

う〜ん、一年前のことを、どんどん思い出してきました。結構覚えているものですね。 皆さんも、秋の夜長に、昔の写真を楽しんでみてはどうでしょう?

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あなたの喜ぶ顔が見たいから

ちょっとここを読んでみてください。

その人の経験や考え方を否定するつもりは全くありませんが、私の考え方は違います。 タイピングをとても楽しまれていて、その喜びを多くの人と共有したいという気持ちはとても良くわかります。 でも、タイピングを趣味としてとらえられる人は、そう多くはないと思います。

仕事で書類を作成するのに、今やパソコンは必須のアイテムです。 でも、一文字ずつキーを探しながらのタイピングをしていては、他の仕事に支障が出てきます。 同僚やライバル会社の社員は、ブラインドタッチでテキパキと仕事をこなしています。 自分の仕事には自信はあるけど、タイピング能力のせいで他の人に負けたくはありません。 そこで、一大決心をしたあなたは、重い腰を上げてタイピングの練習を始めます。

夜8時、仕事のストレスをいっぱいに抱えたあなたは、自宅のパソコンのスイッチを入れます。 ビールを片手に、お気に入りのページを開きながら、溜め込んだストレスを発散させます。 掲示板やチャットで仲の良い友達と楽しく会話したり、ブログで仕事の鬱憤を吐き出したり。 そういう人達を見て共感を覚えつつ、うらやましいなぁ、と思うのです。 よし、私もタイピングを練習してみようっと!

「忘れ物はない?気をつけていってくるのよ!」 夫と子供達を見送ってから、あなたはホッと一息つきます。 さて、あともうひと仕事、と急いで台所を片付け、そのままの勢いで掃除、洗濯も一気に終わらせます。 それが終わると、待ってましたとばかりにパソコンに飛びつきます。 パソコンは、専業主婦のつよ〜い味方。 最近は、ホームページを見るだけじゃ飽き足らずに、自分でブログも運営しています。 アフィリエイトで家計の足しにしようというところは、まさに主婦の鏡。 でも、なかなかうまく商品の紹介ができないのよねぇ。 やっぱりタイピングをしっかり練習しないとダメかしら?

長い40年の勤めを終え、あなたは第二の人生をスタートさせました。 今までは、社会のために一生懸命に働いてきた。蓄えもそれなりにある。 これからは、自分のために、充実した生活を楽しむことにしよう。 子供達は、ボケ防止にはちょうどいいよと、パソコンを薦めてきました。 そうだな、デジカメもやりたいし、これからはインターネットの時代だからな。 でも、あのキーボードというのはどうも苦手だな。 まあ、時間はたっぷりあることだし、ひとつ練習してみるか。

iKeyboardは、そういうあなたのことを考えながら作りました。 本当は、タイピングなんてしたくない。できることなら、やりたくない。 でも、もし、タイピングを習得することで、あなたが幸せになれるなら、できるだけの手助けをしたいのです。 できることから少しずつ、あなたをサポートしていきたいのです。

私は、フェラーリやマッチョな体が欲しいわけじゃない、お洒落な軽とスリムなボディが欲しいのよ。 そういうことだと思います。

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人の心とコンピュータ

久々に、頭にきた。

悲しいことだけど、自分ができるなら、他人もできて当然だと思い込んでいる人達がいる。 そして、自分ができることを鼻にかけて、できない人のことを徹底的に馬鹿にする。 いちいちリンクは張らないが、そういう人は結構多い。

もちろん、それが一部の人間でしかないことはわかってる。 それが、どういう心理によるものかもわかっているつもりだ。 手に入れた物が大きければ大きいほど、人はそれを大切にする。 たとえ、それがどんなにつまらないものであっても、必死になってしがみつこうとすることも。

もちろん、できないよりもできたほうが良いに決まっている。 でも、それができなかったからといって、それがどうしたというのだ。 時間がかかるのなら、終わるまで待てばいい。 できなければ、他のできることで代用すればいいだけの話じゃないか。 それじゃ困るというなら、できるお前がやればいい。

コンピュータは、論理の世界だ。 コンピュータを良く使う人は、論理に強い人が多い。 だから、自分の論理が正しければ、当たり前のように他人を攻撃する。 でも、残念ながら、論理というものが非常にもろいものだということに、彼は気づいていない。 いくら自分の論理がTrueでも、誰かがNotを付け加えるだけで、いとも簡単にFalseになってしまうことに。

人間工学によって徹底的に効率化された工場では、次々と人が壊れていくという。 簡単なことだ。人間は機械じゃない。 もちろん、コンピュータでもない。 決して、独りよがりな論理に振り回されるわけにはいかないのだ。

人は、成長するのにそれなりの時間がかかるようになっている。 それは、行き過ぎによる失敗を防ぐためでもある。 一足先に着いた人が、後の人に手を差し伸べるのはいいが、礼儀だけはわきまえて欲しい。

仕事であれば、効率が優先されるのはもっともだけど、その仕事をするのは人間だ。 人にものを教えるのは、コンピュータにソフトをインストールするのとはわけが違う。 それくらい、わかってやれよ。

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マウスでキー配列を覚えよう!

残念ながら、熟練者の言うことが必ずしも正しいとは限らないのです。

「キーの配置を「暗記」するとは?」というページを見つけました。 その中に「キー配列の暗記とタッチタイプの習得が混同されている」という記述があります。 これが、今のタイピング熟練者の、一般的な考え方です。 「タイピングは、指と文字を結びつけて覚えるものだから、キー配列を覚える必要はない」というわけです。

確かに、この考え方は間違ってはいません。 ホームポジションと指使いを厳守するという条件で、ひたすら例文を入力していけば、そのうち指が勝手に動くようになる、というわけです。 この方法は、タイピングを習得する最短コースと言えるかもしれません。 実際、この方法で、たくさんの人達がタイピングを習得してきました。 でも、同時にたくさんの人が挫折してきた方法でもあるのです。

タイピングの熟練者は、物事を論理的に考えて、最も効率の良い方法を導き出したわけです。 でも、その論理は物理的なものであって、心理的なものではありませんでした。

強制的に反復練習をさせれば、たいていのことは覚えることができます。 でも、それができるのは、よっぽどそれが好きな人か、その必要に迫られている人に限られます。 これからのタイピングソフトは、誰もが練習を続けられるものでなければなりません。

人の記憶は、その多くは視覚によるものです。 まずは、キーボードの視覚的なイメージを作り上げることが最優先になります。 つまり、キー配列を丸暗記するわけです。 一本指打法で入力している人でも、キー配列を丸暗記するだけで、入力速度や正解率はずっと向上するでしょう。

iKeyboardでは、マウスを使って、キー配列を覚えていきます。 えっ、タイピングソフトなのにマウスを使うの? そうなんです。だって、文字の順番を覚えるのに、わざわざキーボードを使う必要がありますか?

ウインドウの上側には、文字が順番に表示され、下側には、文字の書かれていないキーが表示されます。 あなたは、マウスを使って、文字とキー位置を好きな順番で合わせていきます。 左上から1行ずつ横に合わせていってもいいし、1列ずつ縦に合わせていくのもいいでしょう。 慣れてきたら、文字の順番をアルファベット順にしてみましょう。 わざと順番をバラバラにすると、グッと難易度が上がります。

力技の反復練習の問題点は、覚えるのに時間がかかる上に、覚えたことを忘れやすいということです。 それは、指と文字という1点においてのみ、記憶しているからです。 記憶は、他の記憶とお互いに結びつくことで、より強固なものとなります。 反復方式では、記憶を保持するために、膨大な量の例題をこなしていかなければならないのは、このためです。

iKeyboardでは、たったひとつの例題、つまりキー配列だけを、無数の組み合わせで練習することができます。 キー配列を覚えただけでも、キー入力はかなり快適になりますから、それで満足なのであれば、指使いの練習をせずに済ませることだってできます。 両手の指使いを覚えるのは、一本指打法に限界を感じてからでも遅くはないのですから。

さあ、iKeyboardでキー配列を丸暗記して、快適なタイピングを実現しましょう!

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タイピングとアフォーダンス

昔の人は、泳ぎ方を教えるのに、子供を海に放り投げたとか。

今なら、責任問題にもなりかねない行為ですが、これはこれでちゃんと泳げるようになったそうです。 投げ込まれた直後は、当然ながら沈んでいきまが、それでは息が出来なくなるので、苦し紛れに手足をばたつかせます。 すると、ちょっと身体が浮いて、息が出来るようになりますが、油断するとまた沈んでいきます。 そうやって、バタバタともがいていくうちに、手足をどう動かせば身体が浮くのか、少しずつ身体が覚えていくわけです。

一見無茶な教え方に見えますが、よく考えれば、赤ん坊が歩くようになるのも、親がいちいち動作を教えているわけではありません。 赤ん坊の筋肉が発達して、向こうへ行きたいという欲求が芽生えて、赤ん坊を支える地面があって、ちょっとした試行錯誤の後に、自然と歩けるようになるのです。

認知心理学には、アフォーダンスという言葉があります。 人と物との関係性を指す言葉で、水のアフォーダンスとして、浮くことや沈むこと、泳ぐことなどがあります。 同じように、安定した床のアフォーダンスには、寝ることや転がること、立つことなどがあります。 海や地面には、こうしたアフォーダンスがあるために、安心して子供を泳がせたり、自然に立ち上がることができるわけです。

でも、アフォーダンスはその可能性を示唆しますが、だからといって必ずしもその行動がとれるとは限りません。 溺れたくないとか、親のそばにいたいという気持ちと、十分に発達した身体がなければなりません。 つまり、動機となる目的と、行動する能力、実現する環境の3つが必要となるわけです。

それでは、キーボードのアフォーダンスには何があるでしょうか。 キーの大きさと形は、それを指で押すことをアフォードします。 でも、それだけです。 子供は、キーボードを見るとでたらめにキーを叩きますが、しばらく放っておいたらブラインドタッチをするようになった、なんてことはありません。

タイピングは、自動車の運転と同じで、まずその仕組みを理解して、次に正しい操作方法を体で覚えて、技術を身につけていかなければならないのです。 残念ながら、子供を海に投げ込むようにひたすらキーを打たせようとしたり、いきなり自動車のハンドルを握らせるような無茶な練習をさせたりするタイピングソフトが多いのが実情です。

iKeyboardは、キーボードの仕組みを踏まえた上で、段階を追って練習できるようにしています。 これまでのタイピングソフトに満足できなかった方、キーボードを操作するのがどうも苦手だという方は、ぜひiKeyboardを試してみてください。

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透き通った光

葉を通して、透き通った光が見える。

ただそれだけのことなんだけど、いつも綺麗だなぁ、と思う。 もう何枚も似たような写真を撮ったじゃないか、そう思いながらも、ついつい撮ってしまう。 通り過ぎる人は、何を撮っているのかな、と興味深げに覗き込むけど、みんな不思議そうな顔をして去っていく。

花を撮る人、虫を撮る人は多いけど、光を撮る人は、案外少ないのかもしれない。 教則本なんかだと、花や葉を逆光で撮ったり、ローアングルから見上げるようにして撮ることは、半ば常識のように書かれている。 でも、わざわざ回り込んで、腰を屈めながら狙って撮った写真は、なんだか白々しい。

写真は、言葉と同じだと思う。 言葉は、その気になればいくらでも出てくるけど、そこに自分の気持ちを込めるのは難しい。 写真も、シャッターを押せばいくらでも撮れるけど、その時の感動を込めるのは難しい。 自分が今、何を感じているのか。 自分の心を、透き通った光で照らすのは、難しい。

地味な風景

見渡すと、辺りには地味な風景がたくさんあります。

どこにでもある、何でもない風景。 誰もが、毎日見ている風景。 当たり前過ぎて、特にいちいち覚えていないような、そんな風景が、私は好きです。

澄み渡るような青空もなく、花のように鮮やかな色彩もありませんが、そんな地味な風景を眺めていると、少しずつ心も地味になっていきます。 刺激を求める人生もいいけど、のんびり生きてみるのも、案外いいものかもしれない。 そんな気持ちになったりします。

でも、こうしてのんびりできるのは、たくさんの人が、たくさんの汗を流してきたからなんですね。 地味な風景も、地味な努力の積み重ねでできているんです。 地味な風景の中には、地味な生活があって、地味な人達が生活している。 その人達が目立つことはないかもしれないけど、みんな一生懸命に生きてる。

毎日、いろんなものに追われていると、ゆったりした時間を忘れてしまうことがあります。 でも、そうした苦労が原動力になって、世界がゆっくりと動いていく。 このふたつの時間を心の中で両立させるのは、なかなかどうにも難しい。

ヒマワリ達の夏

9月になりました。

もう夏も終わったなぁ、そんな想いが、ぐっと強くなります。 周りを見渡すと、夏の名残たちが、夏を懐かしむようにひっそりとたたずんでいます。 夏のシンボル、ヒマワリも、秋の風を感じながら、居心地悪そうにしていました。

あるヒマワリは、ぐったりと首をうなだれ、またあるヒマワリは、遠く過ぎ去った夏の日を追っています。

また、別のヒマワリは静かにその一生を終え、中には成仏しきれずに化けて出てくるヒマワリもいます。

これから秋が始まり、やがて冬になります。 心の準備は、もう出来ましたか?

iKeyboardは皆のために

やっと、MacPeople 10月号を手に入れました。

早速、iKeyboardの記事を確認したのですが、ちょっと気になる所がありました。 「初心者向けのキーボード練習ソフト」。 字数も非常に限られていたので、仕方がないというのもわかるのですが、残念ながらちょっと違います。

iKeyboardは、対象を初心者に限定しているわけではありません。 もちろん、初心者でも安心して練習できるようにしていますが、ある程度タイピングができる人や、すでに十分な速さで入力できる人のこともしっかり考えています。

タイピングの仕方を学ぶと、しばらく練習すれば、それなりに打てるようになります。 でも、中途半端な状態で学ぶのをやめてしまうと、次第に学んだことを忘れて、悪い癖がつくようになります。 悪い癖がついてしまうと、打ち間違いが多くなり、指に負担がかかって疲れやすくなります。

また、良く使うキーはすぐに打てても、あまり使うことのない記号などは、ついつい迷ってしまいます。 遠い位置にあるキーを押す時は、うっかり隣のキーを押してしまったり、両方のキーを押してしまうこともあります。 カンマとピリオド、TとYのように、似たような文字が並んでいるところで、打ち間違えてしまうこともあるでしょう。

これらは、キーと文字、そして指使いのそれぞれの関係が、十分に関連づけられていないために起こります。 自分はもうタイピングできるからといって、早撃ち系の練習ソフトばかりやっていては、問題はどんどん悪化していきます。 こうした問題を解決するには、もう一度基礎を復習することが大事なのです。

もう十分にタイピングを習得しているけど、どうも疲れやすい、という人はいませんか? そういう人には、Dvorak配列をお勧めします。 Dvorak配列は、入力効率を追求して作られたキーボードの文字配列で、良く使う文字をホームポジションに集中させ、左手に母音と記号、右手に子音を配置することで、左右交互に入力できるように工夫してあります。

Dvorak配列は日本ではあまり知られていませんが、海外では割と知られていて、ほとんどのパソコンでは、設定を変えるだけで、このDvorak配列が使えるようになります(Windowsで日本語を入力するには、レジストリを変更する必要があります)。 iKeyboardは、このDvorak配列もサポートしていますので、この素晴らしいキーボード配列を習得することもできるのです。

つまり、iKeyboardは、初心者だけでなく、皆のためのキーボード練習ソフトなのです。

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プロフィール

K-Hyodo

K-Hyodo

鹿児島の30代男性
ただし、万年16歳
ソフトウェア作家を目指す

コメント・拍手は大歓迎!

K-Hyodo's Soft

どのソフトも、
Mac & Windows 両対応!

iKeyboard 3

本気で覚えるための、
キーボード練習ソフト。

ベクターソフトレビュー


PhotoMaster 2

撮影を楽しむための、
デジカメ写真管理ソフト。

ベクターソフトレビュー

Vector Best Online Soft of 2004


iKeyboard 2

ブログを読み返すための、
バックアップ表示ソフト

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