暑いですなぁ

どうやら、鹿児島に本格的な夏がやってきたようです。

ここ数日の日中の部屋の温度は、連日30度を超えています。 うちの部屋は、南向きなだけでなく、3面のほとんどが窓になっていて、おまけに天井の上はすぐに鉄板の屋根になっています。 つまり、日が照ると、まるで蒸し風呂のように暑くなるわけです。 最近はエアコンの調子が悪いようなので、今年の夏はなるべくエアコン無しで乗り切るつもりです。 一応、水タンクつきの送風機と普通の扇風機があるので、なんとか外の空気をうまく循環させるように工夫してみます。

私は基本的にエアコンが苦手で、気持ちは良くてもすぐに体調が崩れてしまいます。 でも、部屋がどんなに暑くても、不思議と体調は崩れないんですよね。 むしろ、暑ければ暑いほど元気が出るくらいです。 蒸し暑い部屋で汗まみれになりながら、モリモリとご飯を食べていると、俺は今生きているぞ!という気分になります。 外に出て、強い日差しが肌をジリジリと焼くと、まるで充電されているかのように元気が湧いてきます。

どんなに暑くても、汗に濡れた肌に風が当たると、涼しくて気持ち良く感じます。 灼熱の太陽に照らされている最中でも、わずかな風さえあれば、涼しさを感じることができます。 「滅却神道火自涼」なんて言いますが、夏の暑さを楽しみつつ、同時に夏の涼しさを感じることは、さほど難しくないように思います。 夏の暑さはどうしようもないんだから、素直にこれを受け入れて、その中にある涼しさを感じた方が、ずっと手軽だし、健康的です。

さあ、これから夏の暑さと涼しさを、存分に楽しもう!

あれと、これと

あれも、これも。あれか、これか。あれと、これと。

初めてのものを買う時というのは、とても楽しいものです。 自分の中に判断基準となるものが何もないので、全ての商品に、等しく可能性が与えられます。 たとえそれが、明らかに買い物の対象にならない商品だとしても、それを手にした時の自分を想像する自由があります。 あれも欲しいし、これも欲しい。できることなら、全部欲しい。 現実には、全てを手に入れることはできませんが、全てを手に入れる喜びを味わうことのできる、幸せな状態でもあります。

ところが、めでたく何かを手に入れた瞬間に、世界がガラリと変わります。 それなりのコストをかけて手に入れたものなので、そのコストに見合った利益を、何としても得なければなりません。 しかも、それ以外の判断基準を持たないので、それを適切に評価することができず、そのまま受け入れるしかありません。 しかし、使い続けるうちに、受け入れられない部分を認めざるを得なくなってきます。 新しいあれに手を出すか、それとも、これを使い続けるか。あれか、これか、さあどうする?

買い替えた場合、これまでにかけたコストを無駄にするわけですから、それに見合うだけのより大きな利益を、新しい品物に望むことになります。 使い続けた場合、その品物により大きなコストをかけることになり、それに見合うだけの十分な利益を、その品物から引き出そうとします。 つまり、いずれの場合にしろ、その品物に対して大きなプレッシャーがかかるわけです。 同じ品物を持つもの同士で派閥が生まれたり、派閥間で争いごとが起きたりするのは、このプレッシャーのためです。

このプレッシャーが最高潮に達すると、急に力が抜けて、次第にどうでも良くなってきます。 自己弁護のための重箱の隅突きが、馬鹿馬鹿しくなるわけですね。 この頃には、自分に合った品物を選ぶだけの十分な判断基準を作り上げているので、その条件にさえ満たしてくれれば、それで満足するようになります。 条件がハッキリしているので、全てを満たす唯一の品物がなかったとしても、いくつかの品物を使い分けることができるようになります。あれと、これと、これだけあれば、もう十分というわけです。

ところが、自分の経験の中から、自分の求める条件を見つけることができないと、困ったことになります。 本人不在の「かもしれない」論理に振り回されて、あらゆる品物を集めないと気が済まなくなったり、あらゆるものを犠牲にして、最高の品物を手に入れないと気が済まなくなったり、自分の所有する品物だけが最高のものであり、それ以外の品物の価値を一切認められなくなったりしてしまいます。 終了条件となる判断基準がないので、堂々巡りの無限ループに陥ってしまうわけですね。

あれと、これと。謙虚さが美徳なのは、ちゃんと理由があるんですね。

浮気の是非

先日、浮気の是非に関するニュースを読みました。

結論としては、「浮気はしてみたいけど、あまり好ましくない」ということになるんでしょうね。 恋人や配偶者などの特定の相手がいたとしても、より魅力的な相手と出会う可能性は常にありますし、相手との関係が常に良好でいられるとは限りません。 これらの条件が重なった時、人は浮気をするのでしょう。 マンネリ化した関係から逃れて、新鮮な関係を持ってみたい、自分により相応しい相手を見つけたい、そういう想いもあるかもしれません。

ただ、これは浮気する側の理屈であって、浮気された方としては、たまったものではありません。 今まで相手を信じてきたのに、相手が浮気をしていたと知ったら、きっと裏切られたと思うはずです。 自分だって浮気したいのを我慢してきたのに、相手が浮気してるんだったら、自分だって浮気してやる! もし、二人の間に子供がいなかったとしたら、即離婚となる可能性がぐっと高くなります。

動物の世界に目を向けてみると、浮気なんて当たり前で、一生同じ相手というのは、人間くらいのものです。 「オシドリ夫婦」のオシドリでさえ、繁殖期ごとに相手を変えているそうです。 どうして人間だけが、結婚をして一生の愛を誓わなければならないのでしょうか。 それは、人間の場合、子供を生んで一人立ちさせるまでに、20年もの長い期間が必要だからです。 子育てには、時間的、経済的に大きなコストがかかるので、最後まで育児を行うことを保証するために、結婚という契約が必要となるのです。

浮気が社会的に認められないのは、子供が自分達の間に産まれたものであることを保証するためです。 動物と違って、人間の場合は、一生のうちに数人しか子供を作らないので、血の繋がりの確保がより重要となるわけです。 逆に、もし過去に作った子供との関係を何らかの手段で清算することができるのであれば、より優れた相手と子供を作ることを選んだとしても無理はありません。 なぜなら、それだけ優秀な子孫を残すことができるからです。

結局のところ、浮気というのは、「個人的には魅力的だが、社会的には許されない行為」ということなんでしょうね。 果たして、人間は一人の相手だけを一生愛し続けることができるのかどうか、私にはまだわかりません。 ただ、浮気を人間の本能として容認するよりは、浮気をしなくても済むように努力した方が、ずっと気分が良いように思います。 浮気の危機は、むしろ相手との関係を強化するのに利用すべきでしょうね。

浮気のことを考えながら、そろそろ自分も本気で結婚について考えないと、と思ったのでした。

わかりやすい決めつけ

先日、宮崎勤の死刑が執行されました。

宮崎勤による連続幼女誘拐殺人事件があったのは、ちょうど20年前の1988年のことです。 私が14歳、中学2年生の頃です。 部屋を埋め尽くさんばかりに積み上げられたビデオテープに、影響を受けたとされる死体を切り刻むだけの映画「ギニーピッグ」の映像。 事件そのものも衝撃的でしたが、こうした一連の報道内容にも大きな衝撃を受けました。 当時、宮崎駿監督の映画が大好きだった私は、この事件の影響が出ないか本気で心配したものです。

今回、ついに宮崎勤の死刑が執行されたということで、ちょっと事件について調べてみました。 すると、あの衝撃的な報道が、マスコミによって操作されたものだということを知り、大変驚きました。 積み上げられたビデオテープは、ほとんどが子供向けの番組が録画されていて、ホラーなどのビデオテープをカメラマンが目立つように操作して報道していたらしいのです。 しかも、繰り返し流れていた残虐な「ギニーピッグ2」は実際にはなく、コメディ化された「ギニーピッグ4」しかなかったそうです。

これはどういうことだ?ということで、図書館で「宮崎勤事件 塗り潰されたシナリオ(一橋文哉著)」という本を借りて読んでみました。 重要人物として度々登場する警視庁のA氏というのがどことなく胡散臭く、話の持って行き方に強引さを感じましたが、公判記録が豊富に引用されていたこともあって、事件の大まかな経緯を知ることができました。 宮崎勤が、一連の事件の犯人であることは間違いないようで、その点では安心しました。

逮捕後は、「ネズミ男」など奇妙な発言が目立ち、責任能力はあるのかと精神鑑定が繰り返されました。 死刑執行後も、「死に神」記事が問題になったりして、とにかく世間を騒がせる人ですね。 精神鑑定や死刑執行には、いろいろ意見があるかと思いますが、結局はその時の状況に合わせて判断するしかないんでしょうね。 私としては、場合によっては、死刑執行もやむを得ないと考えています。

たとえば、隣に住んでいる人が、向かいに住んでいる人を殺したとします。 もしかしたら、次は私が殺されるかもしれません。 もし、他に助けを呼ぶことができなかったとしたら、私は自分が殺される前に、相手を殺すことでしょう。 でも、警察が犯人を捕まえてくれるのなら、私は自ら危険を冒す必要がないので、とても助かります。 ただ、犯人が釈放されてしまうと、また危険な状態に逆戻りなので、自分の身を守るために警戒が必要になります。 死刑を執行してくれれば、その負担が無くなって、安心して生活できるようになります。

犯人に対して、二度と殺人を犯さないように反省させることができれば、それに越したことはありません。 それが無理でも、犯人をどこか被害の及ばないところに隔離することができれば、それでも構いません。 そのどちらもできないのであれば、残された方法は死刑しかないように思います。 ただ、どんな殺人犯も、最初は前科無しの安全な人なわけで、これから殺人を犯す人と、かつて殺人を犯した人のどちらが危険なのかは、私にはわかりません。

確かに、宮崎勤=ビデオテープ=ギニーピッグと結びつけたように、殺人者=死刑と決めてしまえば、とてもわかりやすいし、手っ取り早く安全を手にすることができます。 でも、本当に大切なことは、赤信号になって殺人を犯す前に、黄信号でストップをかけることです。 「あいつは変な奴だ=関わらないでおこう」じゃなくて、「あいつは様子がおかしい=どこがおかしいのか探ってみよう」と心掛けていれば、より安全に楽しい生活が送れるように思います。

あなたは、自分の都合の良いように物事を決めつけることで、目の前が見えなくなっていませんか?

フィーリングの不思議

今回の部屋選びは、本当にフィーリング勝負でした。

最初は、うちの部屋からも見ることのできるハイムHAYASHIに親近感を感じていたんですが、この第2コーポHAYASHIの裏側に回った時に、全身がぞくぞくっとするほどの衝撃を受けました。 この光景を見た瞬間に、自分がここで生活している姿を想像できてしまったんです。 大学受験で初めて鹿児島に来た時も、何だか初めてじゃないような気がしたものですが、この建物も、出会うべくして出会ったような、そんな気がしたんですよ。

苔むした崖を覆うツタに、伸び放題の雑草。 でこぼこの地面には枯れ葉が散乱し、手作り感の滲み出る駐輪場が、通路を圧迫しています。 剥き出しの廊下には洗濯機が並び、トタン屋根の階段には踏みつぶされた毛虫がへばりついています。 まるでブロックで組み上げたような直線基調の建物は、地味な茶色と白のツートンで塗られています。 猛烈な人間臭さを漂わせつつ、それでいて微妙に調和した様子に、とても魅力を感じました。

一目見た時の、最初のインパクト。 それを感じた時点では、それがどういう理由かはわからなくても、なぜかここならうまくやっていけそうだという安心感が生まれてきます。 まるで、私の中にある私の本体が、私よりも先にここに住むことを決意して、それを私に納得させようとしているかのようです。 後から認識する理由なんて、ほとんどこじつけみたいなものです。 まず最初に結論があって、それに適した理由を意識して探しているわけです。

別に、私に予知能力があるわけじゃなくて、私の遺伝子にこの物件に関する情報が組み込まれていたわけでもなくて、ただ単にこの場所が私の好みに合っただけなんですが、この感覚というのは不思議で興味深いものです。 これまで、私の写真をずっと見てきた人なら、この場所がまさに私好みだということは、きっとわかってもらえると思います。 写真と同じで、出会いは偶然ですが、それを選ぶのは必然なんですよね。

このフィーリングがあるから、自信を持って素早く行動できるんですよね。

カウプレかまぼこ

酒茶漬けさんから、カウプレいただきました。
どうもありがとうございます!
50,000カウント、おめでとうございます!

やる気を育てる方法

やりたいことはわかっているのに、どうしてうまくできないんだろう!

こんな時って、本当に自己嫌悪に陥りますよね。 実は私も、今はそんな感じです。 思い通りの写真が撮れないんじゃなくて、本業のソフト開発の方の話です。 写真撮影の場合は、とにかく余計なことは考えずに、ひたすら心を無にして被写体と向き合えば良いのですが、ソフト開発の場合はそうもいきません。 とにかくもう、ひたすら頭を働かせて、解決の糸口を見つけていきます。

小さい頃、たったひとつのプラモデルを選ぶのに、いつまでも悩んでいました。 その性格は、今も変わらないようです。 ある機能を実現するためには、何通りかのやり方があって、そのうちのどれを選ぶかで、いつまでも悩んでしまうんです。 プラモデルは、そう滅多に買ってもらえるものではありませんでしたが、ソフト開発の場合は、いくらでも試してみることができます。 でも、悩む癖はなかなか治りません。

こういう時には、完璧を求めないこと、駄目でもいいから何かやってみることですね。 とりあえず、今の時点で良さそうな案を選んで、先に進みにくくなったら、そこで一旦引き返して、また別の案を選び直せばいいんです。 これを何回も繰り返していると、自分は本当に駄目な人間だと思いますが、どんなに駄目な人間でも、諦めずにこれを続けていれば、いつか本当に欲しいものが手に入るはずです。

こうして試行錯誤を繰り返していると、次第に問題への理解が深まってきて、理解が深まるごとに、やるべきことが見えてきます。 理解が深まるというのは、問題をじっくりと観察して、その問題と同じ状況を頭の中に作り上げることなんですよね。 そこには、考える余地はどこにもありません。 ひたすら受け身で、余計なことは考えずに、心の中を無にして、問題と向かい合うのです。

なんだ、ソフト開発も、結局は写真撮影と一緒じゃないか。 「こうあるべき」という理想論は捨て去って、必要とされることを必要なだけ実現していけば、予想もしなかったような「あるべき姿」が見えてくるんじゃないかな。 「こうあるべきだったのに…」となるか「こんな面白いものができました!」になるかの違いは、そこにあるような気がします。

よし、心を無にして、落ち着いて頑張ってみよう!

今日借りた本

今日は、市立図書館で新しい本を借りてきましたよ。

天気予報では午後から雨。 外は曇っているものの、まだ雨は大丈夫そうだったので、急いで図書館へと向かいます。 でも、あれこれ本を選んでるうちに、ふと外を見ると雨! 慌てて帰ってきたんですが、全身びしょ濡れになっちゃいました。 でも、借りた本は無事だったので良かったです。 というわけで、今日借りた本は、この4冊です。

「赤を見る」は、前回借りたニコラス・ハンフリーの著書です。 ブログの記事でも、興味深いコメントをたくさんもらったので、もう少し勉強してみることにしました。 本当は、この人の代表作「内なる目」も借りたかったんですが、残念ながら鹿児島市立図書館には置いてませんでした。 その代わり、色彩に関連して「ビレン 色彩額の謎を解く」という本を見つけたので、こちらも借りてみることにしました。

「カラーマネージメントの本」は、PhotoMaster 3のための参考書です。 元々、PhotoMasterは、REALbasicお任せでColorSyncにもそれなりに対応していたんですが、Mac OS Xのバージョンアップで仕様が変わってからは、うまく機能していなかったんですよね。 それでも、sRGBを使っているうちは良かったんですが、AdobeRGBの環境を手にしてからは、PhotoMasterのカラーマネージメント対応が急務になっているので、今度こそしっかりとカラーマネージメントできるようにするつもりです。

「Xcode2入門」のXcode2というのは、Mac OS X標準の開発環境のことです。 これまで、何度か挑戦しようとしたんですが、その度に挫折していて、今回もどうなることやら。 REALbasicは、できることは限られているものの、MacとWindowsの両方に対応しています。 一方、Xcode2は当然ながらMac専用です。 敷居は高いものの、Xcode2が扱えるようになれば、Macを自由自在に操ることができますが、少数派のMacの世界に特化してしまって良いものかどうかで、迷いがあるんですよね。

雨の振る日は、家で読書が一番ですね!

喪失と獲得

ニコラス・ハンフリーの「喪失と獲得」を、ようやく読み終わりました。

エッセイ集だったので、内容に統一感はなく、各章の長さもバラバラでしたが、逆に話題が豊富で、読み進めていくのが楽しい本でした。 印象的だったのは、「なぜ人間には体毛がないのか」「プラシーボ効果」「超自然信仰」「行動と感情」などなど。 どれも、進化心理学の考え方が良く表れていて、とても勉強になりました。

「なぜ人間には体毛がないのか」は、私の長年の疑問だったんですよね。 人間は服を着ているから良いものの、もし素っ裸のまま外に放り出されたら、とても平気ではいられません。 犬や猫など、毛皮を持った動物は、外に放り出されても生きていけますが、なぜ人間は、わざわざ死にやすいように進化したのでしょうか。 人間は服を着るようになったから、邪魔になった体毛が退化したのでしょうか?

その答は、驚くべきものでした。 人間は、突然変異で体毛を失ったために、衣類を発明し、知恵をつけたというのです。 暖かな毛皮をすでに持っている人間が、どうしてわざわざ衣類を発明したりするでしょうか。 体毛を持たずに生まれた人間が生きていくためには、体毛を持った人間よりも、より多くの努力をする必要があります。 その努力をする過程で、知能が著しく発達したというわけですね。

「プラシーボ効果」は、心が体に影響を与える効果のことです。 末期ガンで余命わずかと宣告されたのに、プラス思考でガンを克服することもあります。 精神と肉体は深く結びついているので、状況をどう認識するかで、体調も変化するわけです。 ただし、元々肉体が備えている能力以上の奇跡が起きるわけはなく、コストに見合うだけの効果が期待できる場合にのみ、免疫力が働くわけですね。

プラス思考で自信を持つことは、プラシーボ効果を働かせるのに有効ですが、それが行き過ぎると、狂信的な超自然信仰へと繋がります。 「信じるものは救われる」というのは、ある一面では真実ですが、全ての面で通用するわけではないのです。 概念が先行してしまうと、現実が見えなくなって、現実の都合の悪い部分を都合の良いように解釈したり、陰で操作したりするようになります。

感情は、行動に先立つものじゃなくて、行動によって引き起こされるものです。 好きだから何かをしてあげたい?じゃあ何でその人が好きなの?それは、その人が何かをしてくれたから。 人は、行動を通して、相手のことが好きになっていくんですね。 逆に、相手に対して良くないことをしてしまったら、それが意図的であれ偶然であれ、相手を憎むようになります。 自分は悪くない、悪いのは相手の方だ!

こうして見ていくと、進化心理学というのは、まず現実があって、それが人間の心理にどう影響していくかを考える学問だということが良くわかります。 進化というものが、突きつけられた現実を生き抜くことであるなら、それは当然のことですね。 生き抜くために、足りないものを補うことで、進化していくわけです。 まさに、喪失と獲得ですね。

自分の長所に甘んじているうちは、進化はないのです。

脱出

金網から抜け出し、追っ手を振り切って、行け〜!

お気に入りの2曲

突然ですが、最近お気に入りの音楽を2曲、紹介しますね。


Avril 14th / Drukqs / Aphex Twin

Aphex Twinが2001年に発表した、CD2枚組のアルバム「Drukqs」からの1曲。 自分の生まれた頃を懐かしむような、静かで落ち着いた曲です。 テクノのアルバムの中では異色な存在ですが、それだけに、この曲の存在が光ります。 胸が締めつけられるように切なく、子供の頃に戻りたくなりますが、そういう気持ちさえあれば、いつでも子供に戻れるんじゃないかな。 今の時代も、後になればきっと懐かしく思うはず。


Ship In The Bottle / Sea Change / Beck

こちらは、Beckの2002年のアルバム「Sea Change」からの1曲。 動画では他の曲も入ってますが、1曲目が「Ship In The Bottle」です。 日本版のみのボーナス曲なんですが、こちらもしっとりと落ち着いた曲です。 じっと聴いていると、じんわりと染み込んできて、満たされます。 何が満たされるのかって?それはやっぱり「My Love」でしょうね。 でも、歌詞を読むと、とても悲しい曲のようです。

どちらも、しっとりとした梅雨にぴったりの曲ですので、ぜひ聴いてみてくださいね。

足跡に関するお詫び

ブログの訪問者リストを見て、「またお前か!」と思ってた皆さん、ごめんなさい!

実は昨日、足跡が頻繁に残されていると知らせてくれた人がいるんですよ。 その人のブログは、Mac標準のWebブラウザであるSafariで、RSSフィードとしてブックマークしていました。 でも、確かRSSを表示する段階では、足跡は残らないはずだけどなぁ。 実は、うちのブログの訪問者リストでも、特定のブログの足跡が、消しても消してもすぐに復活するという状態だったので、きっとFC2ブログの不具合なんだろうと思いました。

でも、報告があった以上、放っておくわけにもいきません。 ちょうど新規登録したまま放置していた別のブログがあったので、それを使って検証してみることにしました。 まず、今のブログの管理者画面を開き、別タブで今のブログのRSSを表示します。 さらに別タブで、別ブログの管理者画面とRSSを表示すれば、準備完了です。 現ブログの管理者画面にアクセスした後に、別ブログのRSS表示を更新して、別ブログの管理者画面の訪問者リストに現ブログの足跡が残っていたら、SafariのRSS機能に問題があることになります。

で、その結果はというと、しっかり足跡がついていました。 Safariでは、RSSを30分おきにチェックするように設定していたので、30分おきに私のブログの足跡が記録されていたことになります。 私は部屋にいる時はほとんどパソコンをつけっぱなしにしているので、場合によっては、いつも私のブログの足跡が先頭に来てる状態というのもあり得たわけで、ああ、恥ずかしい!

昔はRSSでは足跡は記録されなかったはずなので、FC2ブログの新管理者画面によるものなのか、それともSafariのバージョンアップによるものなのか。 いずれにせよ、知らなかったとはいえ、いつも足跡が残されていて気味が悪いと思われた方には、本当に申し訳ありませんでした。

ついでに、同じ実験をFireFoxでもしてみたんですが、RSSをプレビュー表示するだけなら問題なし、ライブブックマークに登録すると足跡が残るようです。 SafariのRSS機能はとても便利だったんですが、これを機にFireFoxを使うことにします。 最近、妙に訪問者のリピーター率が高いなぁと不思議だったんですが、こういうことだったんですね。

そんなことは気にしないよ、という心優しい方は、これからもよろしくお願いします。

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