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工事現場の掲示板

工事現場の掲示板を、じっくり眺めてみました

たくさんの許可票と、緊急時連絡表

風速の目安と、危険予知活動表

スローガンと、作業主任者一覧表

無災害記録表と、安全目標

玉掛けワイヤーの点検色、6月は黄色

建設用クレーンの標準合図法

工事現場の掲示板が、妙に充実しているなぁ。というわけで、じっくり眺めてみました。 よく見かけるものではありますが、一般の人がそれを読むことは、まずないんじゃないでしょうか。 実際、内容も工事関係者に向けたものばかりなんですが、それだけに、普段知ることのない世界を垣間見ることができて、楽しかったですよ。

危険予知活動表は、言葉の響きも魅力的だし、どんな活動内容なのかも大いに気になります。 玉掛けワイヤーは、1ヶ月おきに点検され、緑→黄→赤→白と色が変わるんですね。 点検項目がわかると、自分でも点検してみたくなります。 建設用クレーンの標準合図法は、工事現場の実際の作業を観察してみたくなります。 実生活に応用できそうな合図もありますね。

土砂崩壊災害の撲滅化、よろしくお願いします!

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新川唐湊水位観測局

ん、あのアンテナは何だろう?

新川唐湊水位観測局!

このアンテナで観測データを発信?

パイプが下に向かって伸びてます

このパイプが水位センサーみたいです

近くの橋にも不思議な装置が

これも水位を測る装置なのでしょうか

連日の大雨だった鹿児島ですが、ようやく雨がやんだので、近所の新川沿いを歩いてみました。 すると、不思議な装置を発見しました。 何だろうと思って見てみると、新川唐湊水位観測局とあります。 鹿児島県河川情報システムというのがあって、各河川の水位をリアルタイムで知ることができるようになっているみたいです。 早速、ホームページにアクセスして、新川唐湊水位観測局の水位グラフを見てみました。 22日の夜に1時間40mmという雨が降って、水位が9.5TP.mまで上がったようです。おお、これは便利!

水害対策も、どんどん進歩してるんですね。感謝!

竜ヶ水駅周辺

竜ヶ水駅下のガソリンスタンド。

竜ヶ水駅の構内。

竜ヶ水災害復旧記念碑。

土砂崩れの起きた場所。

急傾斜地崩壊危険箇所、土石流危険渓流。

砂防指定地。

立派なダムができています。

竜ヶ水谷第2砂防ダム完成予想図。

地面から突き出た3本の爪。

土砂目線で見た桜島。

決死の脱出劇が繰り広げられたという、あの竜ヶ水駅です。

列車で竜ヶ水駅を通り過ぎる度に、8・6水害のことを思い出していましたが、実際に訪れるのは、これが初めてです。 舞台となったガソリンスタンドは、なんと小浜石油。こんな身近にオバマがあったとは! それはともかく、災害復旧記念碑を目の当たりにすると、自然と気持ちが引き締まります。 反対側のホームに目を向けると、山の裂け目が大きく口を開けています。 ここから大量の土砂が流れ込んできたのか。 その様子を想像すると、足がすくむ思いでした。

駅舎を出ると、そこには案内板と共に、数々の警告が並んでいました。 無人駅の周りは、実に穏やかな空気が流れていて、危険な場所であることを忘れてしまいそうです。 それでも、砂防ダムを間近に見ると、そこにただならぬものを感じます。 人間の力ではどうにもならない、圧倒的な自然の力。 それでも、その力に対抗しようとする、人間の努力。 自然は偉大であり、多くの恵みをもたらしますが、同時に凶暴な牙と爪を持った、危険な存在でもあるんですよね。

共存するということは、相手を甘やかすことじゃなくて、対等の関係を築くことなんじゃないかな。

花倉病院裏の山道

花倉病院裏の山道を登っていきます。

地面には石がゴロゴロと落ちています。

左手には古い石塀があり、その先には竹林が。

こんもりと、どこまでも続く木々。

苔むした大きな岩と、それを取り囲む雑草。

ひっそりと佇む砂防ダム。

土砂流出防備保安林。平成十三年度 復旧治山。

犬の散歩をしているお爺さん。

ふもと近くにそびえる堤防。

この辺りは、かなりの急勾配です。

かつて私が自転車で駆け下りた山道を、今度は徒歩で登っていきます。 ふもと付近はかなりの急勾配で、歩きながら位置エネルギーが急激に増えていくのを感じます。 山道は、一応コンクリートで階段が作られているんですが、階段の上には土砂がかぶり、岩や石がゴロゴロしていて、今も危険な場所であることを思わせます。 見上げると、木々が覆い被さるように迫ってきます。 途中、いくつかの砂防施設をみかけましたが、果たしてこれで防ぎきれるのだろうかと、ちょっと不安になったりもしました。

花倉病院跡

8・6水害で被害を受けた、花倉病院跡です。

当時の傷跡が、今も残ります。

打ち付けられた入口と、分解されたパチンコ台。

直撃した土砂の威力。

張り巡らされた鉄条網。

裏側は無傷のようです。

この角度から土砂が襲いかかりました。

新しい屋根の中に、古い屋根。

土砂の代わりに、今は緑が覆います。

すぐ下に広がる錦江湾。

平成5年の鹿児島8・6水害で、崖崩れが直撃した花倉病院。 その時、入院中の患者9名が犠牲となりました。 そういう場所だけに、黙祷を捧げてから撮影に入ります。 実際に訪れてみると、意外と小さな建物で、建物の損傷も思ったほどではありませんでした。 それでも、土砂が直撃した壁面は大きく崩れています。 良く見ると、1階の窓ガラスがあちこち割れていて、板で塞がれています。 災害直後の写真と見比べると、その被害の大きさが良くわかります。

実は、花倉病院を訪れるのは、これで2回目だったりします。 災害のあった翌年の夏、買ったばかりの自転車で吉野の山を走り回っている時、海へと下る山道を発見しました。 調子に乗って通行禁止の札を無視して下っていくと、そこは無惨な爪痕が残ったままの花倉病院でした。 そこには、復旧作業中の作業員が二人いて、若い方の作業員からずいぶん睨まれました。 花倉病院のことはニュースで知っていたので、とんでもないところに来てしまったと、慌てて退散しました。

あれからずいぶん経ちましたが、ようやく花倉病院と向き合うことができました。

8・6水害の水位

昨日、自転車でブラブラしていたら、こんなものを見つけました。

実は、鹿児島にもねじりまんぽがないかと、中央駅横の高架下を探していたんですが、残念ながら見つからず。 その代わりに見つけたのが、この「平成五年八月六日水害の水位 一米八十糎」でした。 鷹師公民館の片隅に張られたそれは、8・6水害時の水位を記録したものでした。 このすぐ近くには甲突川が流れていて、この辺りは特に被害が大きかったというのを聞いたことがあります。 私の身長は169cmなんですが、もう完全に水没しちゃってますね。

他にもこういう記録がないか、いずれまた探してみることにします。

災害対策のハードとソフト

「豪雨・洪水災害の減災に向けて」を、軽く流し読みしてみました。

慣れない分野だったので、あまり深読みはせずに、とりあえず全体像をつかもうというわけです。 水害対策というと、真っ先に堤防やダムの建設といったことが思い浮かびますが、意外なことに、そういうハードの方面に関しては、消極的な姿勢が目立ちました。 というのも、いくらハード面を強化したところで、技術的な問題から、完璧な安全が得られるわけではないし、財政的な問題も絡んでくるので、なかなか理想通りにはいかない現実があるようです。

そこで、注目を集めたのが、地域住民やコミュニティなどのソフト面の強化です。 異常気象で突発的な豪雨が起きれば、どんな立派なハードもアテにはできません。 でも、住民が安心しきって、自分のところだけは大丈夫だろう、と高をくくっていては、いたずらに被害を広げることになってしまいます。 また、一人暮らしのお年寄りの被害が多いことから、そうした人達への援助も必要になってきます。 結局は、いざという時に頼りになるのは、人間だということですね。

というわけで、可能な限りハード面を強化しつつ、足りない部分はソフト面で補うというのが、今の防災の方針のようです。 さらに、ハードとソフトの連携を強化していくことが、今後の課題ということでした。 災害が起こる前に、災害が起きそうな場所を調べて、ハザードマップを作り、その対象となる住民には、積極的に避難の必要性を呼びかけたり、自治体に対策を依頼したり、といったことが重要だというわけです。

この本自体は、平成16年の新潟豪雨を受けて書かれていますが、平成5年の8・6水害以後の鹿児島でも、恐らく同じような対策をしているはずです。 鹿児島の災害対策がどのように進歩してきたのか、ハードとソフトの両面から追いかけてみる必要がありそうですね。 ちょうど、確定申告の時期なので、市役所に行くついでに、何か役に立ちそうな資料がないか、調べてみることにします。

ハードとソフトの連携というのは、どの分野でも大切なことですよね。

8・6水害を振り返る

まずは、ネットで情報収集です。

鹿児島の8・6水害が起きたのは、1993年、平成5年のことです。 インターネットが普及する前の、まだWindows 95もない頃だったせいか、大きな災害だった割には、あまり情報が見つかりません。 う~ん、なんだか急に歳をとった気分です。 それでも、いくつかのページが見つかりました。

  1. 主な災害の概要:鹿児島水害
  2. 『8・6水害』の記憶とその後の鹿児島
  3. 鹿児島の自然災害
  4. 危機管理の実際(鹿児島の水害事例に学ぶ)
  5. 絶体絶命 650人 決死の脱出劇
  6. 8・6水害から16年、高齢化で合同墓参り中止 鹿児島市花倉

この年は、全国的な豪雨だったのわけですが、1や2を見てもらえば、鹿児島の被害がどれほど大きかったかが、わかってもらえるかと思います。 3のグラフを見ても、93年の豪雨災害が飛び抜けて大きな災害だったことが良くわかります。 4と5では、特に被害の大きかった竜ヶ水での救出劇について、詳しく書かれています。 6にあるように、この竜ヶ水の近くにある花倉病院では、崖崩れの土砂が直撃して、入院患者9人が犠牲になっています。

3のページにある「被害額災害原因別内訳」のグラフを見てみると、その大半が雨害・台風災害であることがわかります。 桜島火山活動災害は、意外と少なくて10%でした。 これは鹿児島の場合ですが、日本全国だとどうなんだろう? というわけで、平成21年版 防災白書を開いてみると、災害原因別死者・行方不明者の状況というのがありました。 平成5年の北海道南西沖地震、平成7年の阪神淡路大震災、平成16年の新潟県中越沖地震といった、突発的な地震災害が目を引きますが、やはり風水害や雪害が主要な災害であることがわかります。 平成5年の8月豪雨と、平成16年の台風23号の被害の大きさも見逃せません。

大地震は、頻度が少ない代わりに、被害が大きい災害ですが、風水害は、日常的な災害であるだけでなく、時には地震並みの大きな被害を受けることもあるということが、良くわかります。 地震は派手で、風水害は地味だとも言えますね。 もちろん、どちらも災害であることには変わりはなく、その対策を疎かにすることはできませんが、地震同様に、風水害の対策もしっかり行わなければならないということは間違いありません。 地味だからといって、風水害を舐めてはいけません。

次は、具体的な風水害対策について、調べてみますね。

鹿児島災害対策

新たに、「鹿児島災害対策」のカテゴリーを設置しました。

今から3年ほど前、ちょうどアメフラシを夢中で追いかけていた頃から、何かテーマを決めて写真を撮りたいと思っていました。 写真集を作るぞ!と息巻いたこともあったんですが、魅力的なテーマを見つけて膨らませることができずに、すぐに失速してしまいました。 でも、その時はまだ機が熟していなかっただけで、いつか自分の写真を形のあるものにしたいという気持ちは、ずっと持ち続けてきました。 あれからいろいろありましたが、今なら何とかなるんじゃないかな?

テーマとして鹿児島災害対策を選んだのは、先日のハイチ大地震がきっかけでした。 ちょうど阪神淡路大震災と時期が被っていただけに、何やら因縁めいたものを感じました。 ただ、私自身は、大震災の経験者でもないし、見知らぬ遠い国の話を聞かされても、どうも実感が湧きません。 被災者のために、自分にできることを何かやらなくちゃ。 こういう時に、真っ先に思いつくのが、募金することです。 建前として頭では理解できるんですが、いざ自分で募金をしようとすると、自分の中に偽善的な部分が見え隠れしているような気がして、どうしても行動に移せませんでした。

いくら私が貧乏だからといっても、3千円や5千円で飢え死にするわけではありません。 かといって、気軽に払えるほどの金額というわけでもありません。 たったの数千円が、一体何の役に立つ?そのお金が、果たして有効利用されるのか?という疑問もあります。 そもそも、お金さえ払えばそれで良いのか?という思いもあります。 自分一人の生活すらままならないのに、世界各地で災害が起きる度に、身銭を切らなければならないのか? そんなことを考え出すと、きりがありません。

そこで、ふと思い出したのが、鹿児島8・6災害です。 阪神淡路大震災の前の年、私が鹿児島にやってきた年に、100年に1度とも言われる大水害に見舞われました。 初めての鹿児島だったので、火山灰が降るくらいだし、南国だけに雨期はスコール並みに激しい雨が降るのかな?などと、当時の私は呑気に考えていました。 最も被害の大きかった8月6日の集中豪雨の時は、実家に帰っていたんですが、災害の悲惨さよりも、自分の住んでいる鹿児島が全国ニュースになったことが嬉しかったのを覚えています。

そんな子供だった私でも、この記録的な水害によって、鹿児島のいろんなものが失われたことに、徐々に気づき始めました。 受験の時に渡った石橋も、すっかり流されてしまいました。 あちこちで水害対策の工事が行われるようになり、大好きな自然の景観がどんどん失われていきました。 その一方で、毎年のように氾濫していた近所の新川が、まったく氾濫しなくなって、その効果を実感しました。 大人になった今では、景観の破壊よりも、災害対策の進化に興味を引かれます。

美しい自然の風景や、生々しい災害の傷跡というのは、とてもわかりやすい反面、どうしても野次馬的な興味本位の目線になりがちです。 美しさや悲惨さ、勇敢さといった、ありがちなお涙頂戴の物語では、感情を揺さぶられることはあっても、なかなかそれ以上には発展しません。 本当に大切なことは、同じ悲劇を繰り返さないように、具体的な災害対策を講じて、皆が安心して暮らせる環境を構築することのはずです。 だったら、その災害対策を、写真で追いかけていこうじゃないか!

というわけで、8・6水害をきっかけに、鹿児島がどのように変わっていったのかを、腰を据えて追いかけていくことにしました。 3年後の2013年は、ちょうど8・6水害の20周年に当たります。 それまでには、何らかの成果を発表するつもりです。 もちろん、その過程は、このブログで報告していきます。 こういうドキュメンタリー写真は、私のスタイルにも合っているし、私の写真が社会の役に立てるとしたら、こんなに嬉しいことはありません。

私を育ててくれた鹿児島に恩返しするつもりで、頑張りますね。

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