ゴキブリという存在
2007/07/22 10:33 ゴキブリ
昨日、バイト先で、ちょっとした騒ぎがありました。
私は、学生時代からずっと、温泉の浴槽掃除のバイトを続けているんですが、脱衣場掃除の女の子が、急に上を指さして慌て出したんですよ。 浴槽を掃除しながら見ていると、番台のお婆ちゃんが殺虫剤を持ち出して振りかけていました。 すると、何やら大きい虫が飛び出して、ロッカーの下へと逃げ込んでいきました。 後で話を聞くと、とても大きなゴキブリだったそうです。 あの大きさ、あの飛びっぷりは、間違いなくワモンゴキブリのワンちゃんです。
私の見ていた限りでは、ワンちゃんが女の子に突然襲いかかったというわけじゃなくて、ただ壁にへばりついているワンちゃんを女の子が見つけて、怖くなってお婆ちゃんに助けを求めた結果、お婆ちゃんのゴキジェットで御用になったようです。 女の子の反応も、お婆ちゃんの行動も、どこででも見かけるようなありふれたものですが、ゴキブリ写真を撮るようになった私としては、ちょっと寂しい光景でした。
もちろん、私も以前は同じような行動をしていたので、彼女達の気持ちは良くわかりますし、それを責めるつもりはありません。 ただ、そこに何やら意味深いものを感じるんですよね。 これといった危害を加えるわけでもなく、ただそこにいるというだけで、嫌悪感の対象になって駆除されてしまうゴキブリ。 ああ、憐れなゴキブリ。この嫌悪感は、生まれつきのものなのか、それとも後から植え付けられたものなのか…。
ゴキブリは、生態系の中では分解者という役割を担っています。 洞窟は、コウモリの絶好のすみかとなり、地面にはその糞が蓄積されていきます。 そして、その糞の中では、それを餌とする大量のゴキブリが生息しています。 その後には、ゴキブリの糞を餌にする無数の微生物が待ち構えています。 つまり、ゴキブリは病原菌を媒介する可能性があるわけで、その危険を避けるために、嫌悪することを本能づけられているのかもしれません。
でも、時代は変わり、そこまで不衛生な場所は、一般家庭にはなくなりました。 ただ、分解者としての役割は健在で、台所の生ゴミを虎視眈々と狙っては漁っています。 どれだけお洒落で便利なシステムキッチンでも、最先端のオール電化のIHキッチンでも、ゴキブリは容赦せずにやってきます。 どんなに人間が台所を綺麗にしても、そこに餌がある限り、ゴキブリは自分の使命を全うしようとやって来るのです。
私も、部屋に湧くゴキブリにずっと困っていたんですが、彼らにカメラを向けた瞬間に、その存在がガラリと変わったんです。 それまで、嫌悪するもの、駆除するものだった存在が、観察するための、理解するための存在になったんです。 すると、不思議なことに、それまでの嫌悪感はさっと消えて、まるで友達のような親近感が出てきたんですよ。 今も、キーボードの横では、チャバネゴキブリの幼虫が、触覚の手旗信号で、私に何かを訴えています。
「地球に優しく!環境を守ろう!」という人達は、森の木々や動物達を、まるで可愛いぬいぐるみのように語ります。 まるで、洒落た雑貨屋の小物達のように扱います。 もちろん、そうじゃない人もいますが、そういう人がいることも確かです。 でも、それは偏見です。 偏見は、悪い見方をするだけじゃなくて、都合の良いように、物事を美化するのにも使われるのです。 現実は、偏見などお構いなしに、現実として存在しているのです。
綺麗なものは、誰だって大切にします。問題は、嫌いなものを、どうやって理解するかですね。





















